京都府
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溝谷神社(京丹後市弥栄町溝谷)〈相殿 船木奈具神社〉
溝谷神社(みぞたにじんじゃ)は 社伝には 四道将軍の丹波道主命が神夢を受け 山麓の水口に新宮を建て天下泰平を祈念 この水の流れるところを溝谷と云う その子 大矢田宿禰〈神功皇后に使えた新羅の鎮守将軍〉が 帰朝の無事を素戔嗚尊の神徳に願い 帰朝後に新羅大明神として祀ったと云う 相殿には〈相殿 船木奈具神社〉を祀ります
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奈具神社(京丹後市弥栄町船木小字奈具)〈播磨國風土記所載社・延喜式内社〉
奈具神社(なぐじんじゃ)は 嘉吉三年(1443)旧鎮座地 奈具村が大洪水により流失〈遺跡地は未詳〉した時 船木奈具神社は溝谷神社の相殿に遷座しました 天保三年(1832)船木村が霊石の返還を求め 返還命令が出され 明治六年(1873)延喜式内社 丹後國 竹野郡 奈具神社(なくの かみのやしろ)として再建されたものです
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久我神社(京都市伏見区久我森の宮町)〈゛興我萬代繼神゛六国史『三代実録』〉
久我神社(こがじんじゃ)は 創建について 神社の旧記には゛桓武天皇が山背長岡に遷都された延暦3年頃(784)王城の艮角の守護神として御鎮座゛とあり 一説には往古 山背久我国造として 北山城一帯に蟠踞した久我氏の祖神 興我(こが)萬代繼神を祀ったとされる 延喜式内社 山城國 乙訓郡 久何神社(くかの かみのやしろ)です
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岡田鴨神社(木津川市加茂町北鴨村)〈賀茂氏族の祖神 建角身命を祀る神社〉
岡田鴨神社(おかだかもじんじゃ)は 崇神天皇の御代に賀茂氏族の発展を祈り祖神 建角身命を 洛北の賀茂御祖神社より 岡田賀茂の地に勧請し創建した 延喜式内社 山城國 相楽郡 岡田鴨神社(大月次新嘗)(をかたかもの かみのやしろ)です その後 木津川の水害により 元明天皇の岡田離宮跡に創建された天満宮の境内に遷座しました
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大神宮(京都市左京区静市市原町)〈岡本郷の産土神〉
大神宮社(だいじんぐうしゃ)は 鎮座地の市原はかつて「岡本郷」と呼ばれ その産土神でした 延喜式内社 山城國 愛宕郡 鴨岡本(かもをかもとの)神社について 伝承には ゛京郡府式内考證に 當社或は市原村の産神なりと云ひ 正保二年(1645)上申の書中に 山城國愛宕郡岡本郷市原村とあるを證としたる゛とあり論社となっています





