京都府

久我神社(京都市伏見区久我森の宮町)〈゛興我萬代繼神゛六国史『三代実録』〉

久我神社(こがじんじゃ)は 創建について 神社の旧記には゛桓武天皇が山背長岡に遷都された延暦3年頃(784)王城の艮角の守護神として御鎮座゛とあり 一説には往古 山背久我国造として 北山城一帯に蟠踞した久我氏の祖神 興我(こが)萬代繼神を祀ったとされる 延喜式内社 山城國 乙訓郡 久何神社(くかの かみのやしろ)です

岡田鴨神社(木津川市加茂町北鴨村)〈賀茂氏族の祖神 建角身命を祀る神社〉

岡田鴨神社(おかだかもじんじゃ)は 崇神天皇の御代に賀茂氏族の発展を祈り祖神 建角身命を 洛北の賀茂御祖神社より 岡田賀茂の地に勧請し創建した 延喜式内社 山城國 相楽郡 岡田鴨神社(大月次新嘗)(をかたかもの かみのやしろ)です その後 木津川の水害により 元明天皇の岡田離宮跡に創建された天満宮の境内に遷座しました

大神宮(京都市左京区静市市原町)〈岡本郷の産土神〉

大神宮社(だいじんぐうしゃ)は 鎮座地の市原はかつて「岡本郷」と呼ばれ その産土神でした 延喜式内社 山城國 愛宕郡 鴨岡本(かもをかもとの)神社について 伝承には ゛京郡府式内考證に 當社或は市原村の産神なりと云ひ 正保二年(1645)上申の書中に 山城國愛宕郡岡本郷市原村とあるを證としたる゛とあり論社となっています

嚴島神社(京都市左京区静市市原町)〈粟穂辨財天社(あはほのべんざてんのやしろ)〉

厳島神社(いつくしまじんじゃ)は 口伝に「老人の霊夢に 辨財天のお告げがあり 六寸の白蛇 粟の穗(あはのほ)に坐せり これを祀り 永享二年(1430)粟穂御前の鎮座」と伝え 江戸時代゛粟穂辨財天社(あはほのべんざてんのやしろ)゛と呼び 辨天祠を岡本堂の跡と考え 式内社 鴨岡本(かもをかもとの)神社の論社となっています

幸神社(京都市北区上賀茂岡本町)〈式内社 鴨岡太神社の旧社地〉

幸神社(さいじんじゃ)は 鎮座の年代は不詳ですが 口碑には 大田神社とともに 賀茂に於ける最古の社とも伝わり 古来から ゛神坂山(こうさかやま)゛を祀る社と伝わります〈上賀茂神社の御神体山は神山〉 延喜式内社 山城國 愛宕郡 鴨岡太〈鴨岡本〉神社(かもをかもとの かみのやしろ)の旧社地と云い伝わります

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