京都府
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村山神社(亀岡市篠町森山先)〈『延喜式』村山神社〉
村山神社(むらやまじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國桑田郡 村山神社(むらやまの かみのやしろ)と伝わります 社伝によれば「往古 社頭廣かりしも 兵燹にかかりて 焼失し 應永二十七年(1420)領主 渡邊六郎頼方 社殿を再興したることありと云ふ」と伝わり その頃八幡宮を勧請して 兩本殿が並立して祀られたとのこと
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天穂日命神社(伏見区石田森西)〈『延喜式』天穂日命神社・石田神社〔大 月次新嘗〕〉
天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は 『三代實録』貞觀四年(862)六月に官社に預り・神階を正六位上から從五位下を授った 式内社 山城國宇治郡 天穂日命神社(あめのほひのみことの かみのやしろ) 又鎮座地は『万葉集』に多く詠まれた名所「石田の森」にあった式内社 山城國久世郡 石田神社〔大月次新嘗〕とも云われます
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石田神社(八幡市岩田茶屋ノ前)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉
石田神社(いしだじんじゃ)は 社伝には 延暦六年(787)三月十一日 御神託「山科 石田神を久世郡石田に遷座せよ」があり当地に遷座したと云う 八幡市岩田には石田神社が当社と(八幡市岩田里)に2ヶ所あり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています
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石田神社(八幡市岩田里)〈『延喜式』石田神社〔大 月次 新嘗〕〉
石田神社(いしだじんじゃ)は 承應年中(1652~55年)火災に罹り 創立由緒などは不明ですが 鎮座地 八幡市岩田には2座の石田神社 当社(八幡市岩田里)と(八幡市岩田茶屋ノ前)があり どちらも延喜式内社 山城國久世郡 石田神社〔大 月次 新嘗〕(いはたの かみのやしろ)の論社となっています
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棚倉孫神社(京田辺市田辺棚倉)〈『延喜式』棚倉孫神社〔大 月次新嘗〕・天神社〉
棚倉孫神社(たなくらひこじんじゃ)は 社伝に推古天皇31年(623)相楽郡棚倉ノ庄より高倉下命を勧請とあり 『三代實録』貞観元年(859)正月27日条「棚倉孫神」に従五位上を叙す 又二つの式内社 山城國 綴喜郡(①棚倉孫神社〔大月次新嘗〕(たなくらひこの かみのやしろ)②天神社(あまつかみのやしろ)の論社です





