京都府

荒井神社(南丹市八木町美里字荒井)〈『三代實録』荒井神『延喜式』嶋物部神社〉

荒井神社(あらいじんじゃ)は 創建年代は不祥ですが『三代實録』元慶6年(882)丹波國 荒井神に従五位を授けると記され 又 この付近には延喜式内社 丹波國 船井郡 嶋物部神社(しまもののへの かみのやしろ)があったとされるが その所在は不明となっていて 荒井神社は嶋物部神社の有力候補と云われます

入野神社(西京区大原野上羽町)〈『延喜式』入野神社〉

入野神社(いりのじんじゃ)は 延喜式内社 山城國 乙訓郡 入野神社(いりの かみのやしろ)の論社となっていますが 式内社として 今の所在地は適切でないとの説が多く 御祭神が同じ大原野神社は もともと入野の地にあったものを移したと云い 入野神社は大原野神社造営の時 そこにあったが現在地に移ったとする説などがあります

石井神社(西京区大原野石作町)〈『三代實録』石坐神『延喜式』石井神社〉

石井神社(いわいじんじゃ)は 旧鎮座地は小塩山の山上 金蔵寺護摩堂の奥にある清泉の井戸「御香泉」〈清水を神格化〉の上に創建された 坂本の氏子達が参拝しやすいように近くに遷座して欲しいとのことで 昭和28年(1953)山王社の境内地〈現在地〉に移遷した延喜式内社 山城國 乙訓郡 石井神社(いはいの かみのやしろ)です

早尾神社(西京区大原野石作町)〈石作神社の旧鎮座地〉

早尾神社(はやおじんじゃ)は 小塩山の麓にあり 古くは石作郷と呼ばれ石作大連を祀った石作神社と その菩提寺の石作寺があったと伝わる場所で 延喜式内社 山城國 乙訓郡 石作神社(いしつくりの かみのやしろ)の旧鎮座地とも云われています 貴族の狩場として桓武天皇もしばしば足を運ばれた所と云います

八幡宮社〈長峰八幡宮〉(西京区大原野石作町)〈石作神社の旧鎮座地〉

八幡宮社〈長峰八幡宮〉(​はちまんぐうしゃ/やはたぐうしゃ)は 江戸末期には寄進書 灯籠等があり 現境内地に石作神社が鎮座していたとされます〈大歳神社(大原野灰方町)相殿に合祀された石作大神の旧鎮座地〉ともされ 延喜式内社 山城國 乙訓郡 石作神社(いしつくりの かみのやしろ)の旧鎮座地であるとする説があります

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