出雲國風土記神名帳

多聞院 〈智伊神社の旧鎮座地〉(出雲市知井宮町)

多聞院(たもんいん)は 古くから智伊神社〈多聞院の南横に鎮座していた〉の祭祀にたずさわり神宮寺と号していました その後 智伊神社が現在地(出雲市知井宮町)に遷座したため 亨保九年(1724年)に 神宮寺の号から多聞院へと改称しています

智伊神社(出雲市知井宮町)& 境内社「比布智神社」

智伊神社(ちいじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』所載の神門郡 神祇官社「知乃社(ちの)のやしろ」とされます 又 境内社「比布智神社(ひふちじんじゃ)」は 神門郡 神祇官社「又比布知社(またひふち)のやしろ」とされ どちらも『延喜式神名帳927 AD.』にも所載される由緒ある古社です

彌久賀神社(出雲市湖陵町大池)& 蛇池神社

彌久賀神社(みくがじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』所載の神門郡 神祇官社「美久我社(みくが)のやしろ」です 『延喜式神名帳927 AD.』には神門郡「彌久賀神社(みくか)の かみのやしろ」とされ 江戸時代には 若一王子権現御社と呼ばれていました

大山神社(出雲市小山町)

大山神社(おおやまじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』神門郡 神祇官社「大山社(おおやま)のやしろ」とされ 古老の伝承によると 現在の小山町東北端 大塚町との境辺りに小高い丘陵地があり そこに大山社として祀られていた 度重なる洪水により下流に押し流され 現在地に留まって鎮座まし坐したと伝わります

火守神社(出雲市宇那手町)

火守神社(ほもりじんじゃ)は 料理祖神である櫛八玉命を主祭神とします もともとは宇那手村右谷に有る火鑚瀧(ひきりのたき)の淵付近に『火鑚社』として鎮座 明治四十年(1907)に「火守神社 八幡宮 朝間神社 大歳神社」を (現在の社殿) 熊野神社〈式内社 久奈爲神社の論社〉へ合殿合祀し 火守神社と改称されました

Copyright© Shrine-heritager , 2026 All Rights Reserved.