延喜式神名帳
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井田神社(沼津市井田)〈『延喜式』井田神社・『伊豆國神階帳』ゐたの明神〉
井田神社(いだじんじゃ)は その歴史は古く 慶長12年(1607)の上梁文には゛井田荘七箇村鎮守 井田明神゛とあり 『伊豆國神階帳(康永2年(1343)』には゛従四位上 ゐたの明神゛ さらに『延喜式927 AD.』には 延喜式内社 伊豆國 那賀郡 井田神社(ゐたの かみのやしろ)と所載される由緒を持ちます
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井田神社(豊岡市日高町鶴岡字城山)〈延喜式内社〉
井田神社(いだじんじゃ)は 創建は不祥ですが 元々は倉稲魂命を祀っており 嘉祥元年(848)悪疫流行の際 山城国 石清水八幡宮より誉田別命・気長足姫命の二柱を勧請したと伝わる 延喜式内社 但馬國 氣多郡 井田神社(ゐたの かみのやしろ)です 中世には下津谷伯耆守の居城〔伊福城〕があり 伊福部氏と関係があるのでしょうか
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楯縫神社(豊岡市日高町鶴岡字保木)〈延喜式内社〉
楯縫神社(たてぬいじんじゃ)は 白鳳時代(645~710年)の往昔 出雲国から丹波国を経て当国〈但馬國〉で栄えた楯縫連(たてぬいのむらじ)が 遠祖 彦狭知命を楯屋丘 多田谷に祀ったのが始りと伝わる 延喜式内社 但馬國 氣多郡 楯縫神社(たてぬひの かみのやしろ)です 昭和22年(1947)現在地に遷座奉祀されました
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齋神社 & 境内摂社 楯縫神社(養父市長野字東山)
齋神社(いつきじんじゃ)は 聖武天皇 天平二年(730)創立 境内摂社 楯縫神社と共に 延喜式内社 但馬國 養父郡 楯縫神社(たてぬひの かみのやしろ)の論社です 伝説には 神代の昔 但馬は泥海だった 但馬五社の神様が養父明神を遣わし 斎神社に坐す彦狭知命に泥海を切り開くことを願い 豊かな大地が生まれたと伝わります
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楯縫神社(養父市建屋字宮山)〈持統天皇3年(689)創立 延喜式内社〉
楯縫神社(たてぬいじんじゃ)は 持統天皇3年(689)の創立と伝わり 延喜式内社 但馬國 養父郡 楯縫神社(たてぬひの かみのやしろ)の論社とされます 『延喜式 神祇七 践祚大嘗祭』に 践祚大嘗会で用いる神楯四枚を 丹波国の楯縫氏が造ることを定めていて 川内多多奴比神社と並んで大嘗祭に奉仕した楯縫氏の氏神という説あり





