延喜式神名帳
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湯神社(松山市道後湯之町)〈『延喜式』湯神社・出雲崗神社〉
湯神社(ゆじんじゃ)は 延喜式内社 伊豫國 温泉郡 湯神社(ゆの かみのやしろ)で 古くは道後温泉の起源の地〈鷺谷(道後鷺谷町)〉に鎮座したが 大永年間(1521~28)地震で温泉が埋没 社殿も大破し 冠山〈現在地〉に鎮座する式内社 出雲崗神社に合祀され 明治4年(1871)湯神社に出雲崗神社を合祀する形式となりました
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那須温泉神社(那須町大字湯本)〈『三代實録』温泉ノ神『延喜式』温泉神社〉
温泉神社(ゆぜんじんじゃ)は 第三十四代舒明天皇の御代(630年)飛鳥時代 狩野三郎行広が白鹿を追い この山中に温泉を発見したことにより創建されたとあり 奈良時代の貴族の湯治のことは正倉院文書に記載されています 延喜式内社 下野國 那須郡 温泉神社(ゆのいつみ かみのやしろ)の論社です
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高野神社(栗東市高野)〈『延喜式』髙野神社〉
高野神社(たかのじんじゃ)は 社伝に天智天皇の御代以降 高野造が地域一帯を開墾開発し 高野郷と名付けられ 和銅年間(七〇八~七一四)和同開珍」の鋳師 高野宿彌道経一族が住み それ等の人々の氏神として 祖先を祀ったと云う 延喜式内社 近江國 栗太郡 髙野神社(たかのの かみのやしろ)です
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大宮温泉神社(大田原市中野内大宮)〈『三代實録』温泉ノ神『延喜式』温泉神社〉
大宮温泉神社(おおみやおんせんじんじゃ)は 社記に貞観十一年(869)清和天皇の御下賜品と伝わる宝物゛古鏡一面゛とある古社で かつて祭神は高龗神で 文治二年(1186)那須氏が 本郡 温泉神社を城中の守護神として勧請の時 祭神が変更されたと云う 延喜式内社 下野國 那須郡 温泉神社(ゆのいつみ かみのやしろ)の論社です
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入野神社(西京区大原野上羽町)〈『延喜式』入野神社〉
入野神社(いりのじんじゃ)は 延喜式内社 山城國 乙訓郡 入野神社(いりの かみのやしろ)の論社となっていますが 式内社として 今の所在地は適切でないとの説が多く 御祭神が同じ大原野神社は もともと入野の地にあったものを移したと云い 入野神社は大原野神社造営の時 そこにあったが現在地に移ったとする説などがあります





