波布比咩命神社(下田市東本郷)

波布比咩命神社(下田市東本郷)は 2つの式内社〈 波布比賣命神社 大津往命神社 〉の論社とされています 波布比賣命神社は 伊豆大島波浮港に鎮座する波布比咩命神社の遥拝所であろうとされていて 大津往命神社は 大きな〈港〉を守護する女であろうとされています

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

波布比咩命神社(Habuhime no mikoto Shrine)
はぶひめのみことじんじゃ

 [通称名(Common name)]

【鎮座地 (Location) 

静岡県下田市本郷595

 [  (Google Map)]

 

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》波布比咩命(Hafuhime no mikoto)

御祭神は『三宅記』によれば
三島大明神5柱の后神の内 大島に置かれた后神「波の大后」が ご祭神「波布比咩命同神とされます 后神の御腹に王子2所おはしますとあり
1所は「太郎王子おおい所」と申し「阿治古命」と同神 伊豆大島 野増にある大宮神社の祭神
1所は「次郎王子少ない所」と申し「羽路命」同神で 伊豆大島 泉津にある波治加麻神社の祭神

 

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity)

『延喜式神名帳Engishiki jimmeicho)所載社

【創  (Beginning of history)】

創建年代不詳

【由  (History)】

波布比咩命神社(はぶひめのみことじんじゃ)

古代下田港は奥深く入り込み この境内は小島であったので 鎌倉時代は「船戸明神」が祭られ後、波布比咩神社となった。
安政の津波には附近に大船が押し 流されて来たが此処は浸水せず 浮島さまと呼ばれた。

昭和53年10月吉日

境内案内板より

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【境内社 (Other deities within the precincts)】

・石祠〈社殿向かって右手に鎮座〉

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・天神社と石祠〈社殿向かって左手に鎮座〉

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【境外社 (Related shrines outside the precincts)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

2つの式内社〈 波布比賣命神社 大津往命神社 〉の論社とされています

大津往命神社

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆国 92座(大5座・小87座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)賀茂郡 46座(大4座・小44座)
[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 波布比賣命神社
[ふ り が な ]はふひめのみこと の かみのやしろ)
[Old Shrine name]Hafuhime no mikoto no kamino yashiro)

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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大津往命神社

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)東海道 731座…大52(うち預月次新嘗19)・小679
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)伊豆国 92座(大5座・小87座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)賀茂郡 46座(大4座・小44座)
[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 大津往命神社
[ふ り が な ]おほつのゆきのみこと の かみのやしろ)
[Old Shrine name]Ohotsunoyuki no mikoto no kamino yashiro)

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
【原文参照】
国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
2つの式内社〈  波布比賣命神社 大津往命神社 〉の論社について

伊豆國 賀茂郡 波布比賣命神社

・波布比咩命神社(大島町波浮港)

・波布比咩命神社(下田市東本郷)

伊豆國 賀茂郡 大津徃命神社

・三島神社(南伊豆町妻良)

・波布比咩命神社(下田市東本郷)

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神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

伊豆急下田駅改札口から 北へ約170m 徒歩2分程度
ちょうどホームの東で 稲生沢川の西 この中間に鎮座します

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市街地に静かに佇む境内の社頭には 白い鳥居が建ち 扁額には「波布比賣命神社」とあります
波布比咩命神社(Habuhime no mikoto Shrine)に参着

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一礼をして 鳥居をくぐり 石畳みの参道を歩みます
正面に社殿 その前に狛犬が構え 社殿の両脇に境内社の祠が鎮座しています

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拝殿にすすみます 扁額には波布比賣命神社」と記されています

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 賽銭をおさめ お祈りをします 
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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本殿は覆い屋囲まれていて その横の天神社お詣りをします

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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

式内社 波布比賣命神社の伝承

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

式内社の論社として 伊豆大島と下田の双方を同神として 記しています

【意訳】

波布比賣命(ハフヒメノミコト)神社

文実 仁寿2年(852)12月 丙子 加 駿河国 ---咩命 従5位上 按 駿河當作伊豆
又曰く 斉衡元年6月 加 伊豆国---命 従5位上 仁寿 斉衡 同位なり

和抄 駿河国 埴生布反郷
〇近江國 波爾布神社

〇在 下田本郷村
志  波---神社 大島に坐す 波富ノ池上に祀る 波富大后と申す
当郡 本郷村 土濱に波布比賣命神社あり 惣鎮守なり
貞享元年 札云 稲生沢郷 川津庄 本郷村 波富明神とあり 式内 大島祀る波布ヒメと同神なり

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

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『神社覈録(Jinja Kakuroku)』〈明治3年(1870年)〉に記される伝承

式内社は 大島に所在していて 常に参拝も難しく 下田に遥宮として祀られていると記しています

【意訳】

波布比賣命神社

波布比賣は 仮字なり
〇祭神 明らかなり
〇大島 波浮湊に在す 志
或いは云う 当郡 稲生沢郷 川津庄 本郷村 波富明神も同神なり 

按るに 本宮は嶋に在せば 常に参詣も難き故に 本郷村にも遥宮として祭れるべし

神位 文徳実録 仁寿2年(852)12月 丙子 加に 伊豆国 波布比賣命 従5位上 按 駿河當作伊豆
又曰く 斉衡元年6月 加 伊豆国 波布比賣命神社 従5位上 仁寿 斉衡 同位なり

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015『神社覈録』3『神社覈録』4

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)』〈明治9年(1876)完成〉に記される内容

式内社は 大島に所在していて 常に参拝も難しく 下田に遥宮として祀られていると記しています

【意訳】

波布比賣命(ハフヒメノミコト)神社  称 羽部大后大明神

祭神 波布比咩命
今按〈今考えるに〉
この波布比賣命は 神系詳らかならねど 下條に引る三宅記の文によるに 三島神の后神にまして 御子二所おはしましつと見えたり

神位 文徳天皇 仁寿2年(852)12月 丙子 加に 伊豆国 波布比賣命 従5位上 按 駿河當作伊豆
今按 斉衡元年6月巳卯 同位を授かることあるは 何れか愆分なるべし 故 今本文を存して彼を刷る

祭日 11月中酉日
社格 (郷社)
所在 大島波布港(伊豆大島波浮港)

今按〈今考えるに〉

豆州志に大島波浮湊にます由みえ
伊豆国式社攷證にも 賀茂郡 大島波浮湊鎮座
慶長18年の上梁文に 羽部大后大明神とみえて 今に波布大后とも波布比賣明神とも称へ来れり
三宅記に 三島大神 島に二后神を置給ふ事を記して 大島に置たまふ后をば波分の大后とぞ申しけるかの御腹に王子2人おはします 一人をば太郎王子おほい所とぞ申しける 一人をば次郎王子すない所とぞ申しける
新島に置給う后を ばみちのくちの御門の大后とぞ申しける云々
神集島に置給う后をば 長濱の御前とぞ申しける云々
三宅島に置給う后を ばいなばいの后とぞ申しける云々 とありて

各神名式に所載の神等なれば 波分の大后 即ち 波布比賣命に坐こと 上に挙げたる上梁文にも符合て論ふ迄も非ず とみえたるが如く

この大島に坐すが本社にして 内地 賀茂郡稲生澤郷川津庄本郷 波布明神も同神なれど 神社覈録に本宮は島に在せば 常に参詣も難き故に 本郷にも遥宮として祭れるなるべしと云るが如し

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155『特選神名牒』3 『特選神名牒』4

式内社 大津往命神社の伝承

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

式内社「大津往命神社」として 手石村〈現 波布比咩命神社(下田市東本郷)〉をそれとして記しています

【意訳】

大津(オホツ)往命神社

姓氏 市往公
志  当郡 手石村に坐す 大津往は 古昔 この辺りの小地名なるべし 亦 王子ノ宮とも云う 三嶋の森と相対して 三嶋神の御子ならん

【原文参照】国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

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『神社覈録(Jinja Kakuroku)』〈明治3年(1870年)〉に記される伝承

式内社「大津往命神社」として 手石村〈現 波布比咩命神社(下田市東本郷)〉をそれとして記しています

【意訳】

大津往命神社

大津往は 於保都由岐と訓ずべし
〇祭神 明らかなり
〇手石村に在す 今 王子宮と称す 志
伊豆志に 大津往は 古昔 この辺りの小地名なるへし 三嶋森と相対す 三嶋神の御子ならん と云えり

神位 国内神階記云 従4位上 おほつゆき姫の明神

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015『神社覈録』1 『神社覈録』2

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)』〈明治9年(1876)完成〉に記される内容

式内社「大津往命神社」として 手石村〈現 波布比咩命神社(下田市東本郷)とされているが納得しきれないので調べると
妻良村 三島神社二座の一座が そうであるに違いないと考えに至ったが 両社のどちらかとは決め難く 尚よく考えてほしい と記しています

【意訳】

大津往命(オホツノユキノミコトノ)神社

祭神
祭日
社格
所在
今按〈今考えるに〉
式社攷證に 賀茂郡本郷村に波布比賣明神 有りて
豆志に 波布比賣命神社 濱士総鎮守なり 貞享元年(1684)の札に云 稲生澤郷 川津庄 本郷村 波富明神と比 式内にして大島波富池上に祀る波富大后と同神なり 云々とあるは もとよりなる波布比賣神と訛り来れるにて 決めて 大津往命なるべく聞こえたり
さるは この村に続きて 所謂(いわゆる)下田湊あるが 古昔は この本郷村境まで 入海にて 今 下田町と云うあたりは 皆 海中なりし と聞ゆれば 能大津の称に協ひ この所に大津と云う地名あるも旧称の遺存にて その大津に往通ふ所なるより 大津往(ユキ)と云う地名の起こり この所 鎮座の神なれば 彼 伊賀牟比賣命 笹原比賣命などの例と同じく 大津往比賣と称へ奉りしと思われば也
然るを豆志に云う 大津往命神社 手名村 大津往は 古昔 この辺りの小地名なるべし 亦 王子ノ宮とも云う 三嶋の森と相対す 三嶋神の御子ならん とあれど思合する證も無耳ならず
この社もと竹麻神社の旧社地より遷し祀れる由なるが 竹麻神社三座坐すが 上に亦 大津往命神社の並べて有るべくも非ず 亦 王子とあれば男神なる事 論無きに 神階帳におほつゆき姫の明神と有るに協はざれば従いがたしとみえたるを

一説に 同郡 妻良村 三島神社二座の一座なるべし 既に先輩の考説もある如く 当社の旧祠なる事論なく
式社攷證には 阿米都加多比咩神社なるべしと論える如く所由ある社なるが 加多比咩命は 同郡 下小野村允當と聞こえるに就て 考えるに 大津往の称に適へる該当地の形象なるは この姫神より外に 適当の神社なければ弥 疑いあるべからず
とありて何れ共決め難し 尚よく考えべし

【原文参照】国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155『特選神名牒』1 『特選神名牒』2

波布比咩命神社(Habuhime no mikoto Shrine) (hai)」(90度のお辞儀)

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