延喜式神名帳
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平神社(厳原八幡宮 境内社)
平神社(ひらのじんじゃ)は 厳原八幡宮の境内社です しかし 文献に現れるのは 六国史『続日本後紀(しょくにほんき)』の条文に「承和8年(841)8月・・従5位下」と神階の昇叙が記され 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)にも所載される由緒ある古社です
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敢國神社(伊賀市一之宮)〈延喜式内社 大社・伊賀國一之宮〉
敢國神社(あえくにじんじゃ)は 社伝によれば第37代 斉明(サイメイ)天皇4年(658)に創建とされ『延喜式神名帳(927年12月編纂)』に伊賀国の阿拝(アエ)郡の大社 敢國神社とされます・阿閉臣(アヘノオミ)の祖神 大彦命(オオヒコノミコト)・古代に伊賀を拓いた秦氏の信仰する少彦名命(スクナヒコナノミコト)を祀ります
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片埜神社〈一の宮〉(枚方市牧野阪)〈延喜式内社〉
片埜神社(かたのじんじゃ)は 社伝に 第11代垂仁天皇〈在位BC29~AD70年頃〉創建とある古社 延喜式内社 片野神社とされ 明治期に 延喜式内社 久須須美神社を合祀しています 戦国時代には兵火にかかり荒廃 天正11年(1583)豊臣秀吉公が大坂城の鬼門鎮護の社と定め 方位鬼門除けに霊験あらたかな社と世に知られます
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稚櫻神社(桜井市池之内)
稚櫻神社(わかざくらじんじゃ)は 『日本書紀』第17代 履中天皇(リチュウテンノウ)〈在位400~405年頃〉の条にある 天皇が船遊びをされた「磐余(イワレ)の市磯池(イチシノイケ=磐余池)」や 物部長真胆連(モノノベノ ナガマイノムラジ)が 桜の花を捜し出した「掖上室山(イケノヘ ノ ムロヤマ)」が 隣接していたと伝わっていて 磐余稚桜宮(イワレノ ワカサクラノミヤ)の舞台とする説もあります
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高屋安倍神社(若櫻神社の西殿)
高屋安倍神社(たかやあべじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の古社です 東殿(若桜神社)西殿(高屋安部神社)の本殿があり 元々は 若櫻神社の鎮座地です 高屋安部神社は安倍松本山(安倍文殊院の東)から 近世(18世紀以前頃)に山崩れがあり社殿が大破した為 こちらに遷座したと伝わります 阿部氏に所縁の祭神を祀ります
