延喜式神名帳
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三屋神社旧跡地〈松本古墳群〉(雲南市三刀屋町給下)
三屋神社旧跡地(みとやじんじゃきゅうせきち)は 飯石郡 神祇官社「御門屋社(みとや)のやしろ」の旧跡地で 現在地より南に300m程 松本古墳群の古墳の上に 社があったと伝ります 当社所蔵の延喜の棟札の裏書きに「大己貴命 天下惣廟神明也云々」とあり 古墳群との関連が示唆されています
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三屋神社(雲南市三刀屋町給下)
三屋神社(みとやじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』に「所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)の御門 すなわち此の処にあり 故に三刀矢(みとや)と云う」とあり 大国主大神が八十神を追い払い 宮居を定め国土経営を始められた所で 飯石郡 神祇官社「御門屋社(みとや)のやしろ」とされます
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厳島神社〈須佐神社の境外摂社〉(出雲市佐田町須佐)
厳島神社(いつくしまじんじゃ)は 須佐神社の境外摂社です 須佐川の西岸に鎮座し大きな磐座が祀られて「洗度社」又は「祓戸社」と称します 『出雲國風土記733 AD.』所載の飯石郡 神祇官社「河邊社(かわべ)のやしろ」の論社の一つです
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竝九神社(雲南市木次町下熊谷)
竝九神社(なみくじんじゃ)は 『出雲國風土記733 AD.』所載の飯石郡 神祇官社「河邊社(かわべ)のやしろ」の論社の一つとされます ここより斐伊川の上流1.5km程に「御祭神の稲田姫命が 懐妊の時 産湯に使う良い水を探し求められ 河辺社をお産所に定めた」と伝わる井戸の旧跡「熊谷さん」があります
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杉森神社(雲南市吉田町川手)
杉森神社(すぎもりじんじゃ)は ヤマタノオロチが棲んでいた所「天が淵(あまがふち)」の西岸の山に鎮座し 社伝では「御正号 河辺神社 亦伝 高杉大明神」と伝えています 『出雲國風土記733 AD.』所載の飯石郡 神祇官社「河邊社(かわべ)のやしろ」の論社の一つです
