延喜式神名帳
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田宮寺神社〈田乃家外城田神社〉(玉城町田宮寺)
田宮寺神社(たみやじじんじゃ)は 村社 田乃家外城田神社と云い 元 田宮寺鎮守神 天神社のことで 明治四十二年 合祀されたもので この天神社が 皇大神宮摂社の田乃家神社(たのへじんじゃ)であったとも云い 境内には゛御船殿奮趾゛往昔 神宮禰宜 荒木田氏により 式年遷宮毎に御船代を奉納した遣跡もあり 神宮との深い繋がりがあります
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田乃家神社〈御同座 田乃家御前神社〉〈皇大神宮(内宮)摂社〉
田乃家神社(たのえじんじゃ)〈御同座 田乃家御前神社(たのえみまえじんじゃ)〉は 創建は 第21代 雄略天皇の御代(457~479年)と伝わる皇大神宮(内宮)の摂社 かつて造宮使造替六社の一つで高い格式がありましたが ここも中世に頽廃し 寬文三年(1663)に再興されました その際 御前神は正殿に御同座し〈昔は二殿あり〉 現在に至ります
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蚊野神社〈御同座 蚊野御前神社〉〈皇大神宮(内宮)摂社〉
蚊野神社(かのじんじゃ)御同座する 蚊野御前神社(かのみまえじんじゃ)は 第21代 雄略天皇(457~479年)が定めたと伝え 皇大神宮(内宮)の27摂社の第7位と格式があります 規定では 造替使がその任に当り 20年に1度正宮と並び正殿を造替える神社でしたが 中世には頽廃してしまいます 寬文三年(1663)大宮司 河邊精長により 現社地に再興され 現在に至ります
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鴨神社〈皇大神宮(内宮)摂社〉
鴨神社(かもじんじゃ) は 皇大神宮(内宮)の摂社で『延暦儀式帳』〈延暦23年(804)〉によれば ゛倭姫命の祝ひ定め給ふ所゛と伝わり その後 中世に頽廃しましたが 寬文三年(1663)攝社として再興され この時は 本村字竈谷の地゛氷室洞くつ゛の所に本社が造立されています 明治九年(1876)更に神宮司廳に於て 現在の地に移造されています
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久佐奈岐神社(静岡市清水区山切)
久佐奈岐神社(くさなぎじんじゃ)は 日本武尊が東征の途中この地に本宮を設けた旧蹟の地と云い 功績のあった副将軍の吉備武彦命が 後に廬原の国を賜った時に この地に尊を祀り社殿を造営 創祀した 又 日本武尊の東征に随伴の九万八千の諸神を祭祀奉る所として゛九萬八千社゛とも云い 古くは九万八千の幣帛を奉り 昭和までは九十八本の幣帛を奉っていたと社傳に云う
