延喜式神名帳

成海神社(名古屋市緑区鳴海町乙子山)〈日本武尊ゆかりの延喜式内社〉

成海神社(なるみじんじゃ)は 日本武尊が 東征からの帰還の際 鳴海潟(現 鳴海駅北)から対岸の宮簀媛命の居住する火高丘陵〈建稲種命の館〉(現 氷上姉子神社)まで船で渡ったと伝わる地に 天武天皇の朱鳥元年(686)草薙神剣が熱田に還座の時に鎮座しました 延喜式内社 尾張國 愛智郡 成海神社(なるみの かみのやしろ)です

幡頭神社(西尾市吉良町宮崎前留谷)〈延喜式内社 参河國 播豆郡 羽豆神社〉

幡頭神社(はずじんじゃ)は 日本武尊の東征の際 旗頭であり 大功を立てた建稲種命は 帰途海上で御薨去 御遺骸が この岬に着かれたのをお祀りしたのが本神社で 大宝二年(702)文武天皇が勅して 社殿を建て官社に列せられたと伝えられる 延喜式内社 参河國 播豆郡 羽豆神社(はつの かみのやしろ) です

旧妙見宮奥之院〈巌屋神社〉(春日井市内津町)〈内々神社 当初の鎮座地〉

旧妙見宮奥之院(きゅう みょうけんぐう おくのいん)は 内々神社(うつつじんじゃ)〈延喜式内社 尾張國 春日部郡 内内神社(うちうちの かみのやしろ)〉の当初の鎮座地とされ 内々神社から山道を登り 断崖岩の絶壁の割れ目にお堂〈巌屋神社〉があり 今は鉄の階段ですが かつては梯子や鎖で登ったと云う゛奥の院゛です

内々神社(春日井市内津町上町)〈日本武尊 東征の副将軍 建稻種命を祀る〉

内々神社(うつつじんじゃ)は 創建について 日本武尊が東征を終えて尾張國境の内津峠まで戻ると 副将軍 建稲種命(たけいなだねのみこと)の従者 久米八腹(くめのやはら)が早馬で駆けつけ 副将軍が駿河の海で水死されたと報告を受けた 尊は悲泣して「ああ現哉(うつつかな)々々」と嘆き その霊を祀られたので「うつつ」と云う

播州糀屋稲荷神社(多可郡多可町中区糀屋)〈創建は推古2年(594)〉

糀屋稲荷神社(こうじやいなりじんじゃ)は 創建は推古2年(594)に字「土井の後」に鎮座 天平時代 称徳天皇の崇敬厚く 慶雲3年(706)社殿の建立となり勅使を使わせられ 神託により天安元年(857)現在地に移ったと伝えられます 延喜式内社 播磨國 多可郡 天目一神社(あまめのひとつの かみのやしろ)の論社です

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