鴨都波神社(御所市宮前町)

鴨都波神社(かもつわじんじゃ)は 社伝によれば 第10代 崇神天皇の御代 勅命により大田田根子命の孫 大賀茂都美命(おおかもずみのみこと)が創建 延喜式(927年編纂)』では 月次相嘗新嘗に宮中より官幣に預名神大社に列した 大和国 葛上郡 鴨都波八重事代主命神社二座(かもことしろぬしのみことかみのやしろ)です

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目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

鴨都波神社(Kamotsuwa shrine)

 [通称名(Common name)]

鴨ノ宮(かものみや)・葛城(かつらぎかも)社・下津賀茂(しもつかもの)社・加茂(かも)明神・下鴨(しもかも)社

【鎮座地 (Location) 

奈良県御所市宮前町513

 [  (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》積羽八重事代主命(つみはやえことしろぬしのみこと)
   下照姫命(したてるひめのみこと)

《配》建御名方命(たけみなかたのみこと)

【御神格 (God's great power)】(ご利益)

五穀豊穣、家内安全、無病息災

【格  (Rules of dignity)

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社
・ 大和国一之宮 大神神社 別宮

【創  (Beginning of history)】

社伝によれば
第10代 崇神天皇の御代 勅命により大田田根子命の孫の大賀茂都美命が創建

鴨都波神社について

 第10代崇神(すじん)天皇の御代、大国主命(おおくにぬしのみこと)第11世大田田根子(おおたたねこ)の孫、大加茂都美命(おおかもずみのみこと)に勅を奉りて葛城邑(かつらぎのむら)加茂の地に奉斎されたのが始まりとされている。
葛城加茂社(かつらぎかもしゃ)、下津加茂社(しもつかもしゃ)とも称され全国の加茂(鴨)社の根源である。
明治以後、宮中八神殿の一社として鎮魂の祭礼に預かり給う延喜式内明神大社(えんぎしきないみょうじんたいしゃ)である。現在も宮中三殿の1つ合祀され継承されている。
事代主神は元来「鴨氏」一族が信仰していた神であり、当社が事代主神の信仰の本源となる。
大神神社(奈良県桜井市)に祀られる大物主命の子にあたることから、大神神社の別宮とも称される。
当社の古い社名は「鴨都味波八重事代主命神社(かもつみわやえことしろぬしのみことじんじゃ)」であり、「鴨の水端(みずは)の神」と解され、鎮座地付近が葛城川と柳田川の合流点となり水に恵まれていたことから、元々は水の神を祀っていたとする説もある。また神社を中心とする一帯は「鴨都波遺跡」という弥生時代中期の遺跡として知られ、当時の住居跡や土器、農具などが多数出土しており、古代より鴨氏がこの地に住み着いて農耕生活を始めていたことが窺える。終戦までの旧社格は県社である。

鴨都波神社公式HPよりhttps://www.kamotsuba.com/

【由  (History)】

鴨明神
鴨都波神社

御祭神 積羽八重事代主神
    下照比売命

由緒
本社の御祭神は、古く鴨都波八重事代主神と申し奉り、それは鴨の水辺で折目ごとに祀られる田の神という御神名で弥生時代の中期初頭、この葛城川の岸辺に鎮め祀つたのに始まる。本社は高鴨社に対して下鴨社ともいい、鴨族の発祥地としてこの地方を治め、全国に分布する鴨社加茂の源である。
御祭神は、営中八神の一つとして尊崇され、神功皇后の朝鮮遠征や天武天皇の壬申の乱に御神託を授け給いし神徳高き神にて、延喜の制では名神大社に列した古社である。

寄贈 御所ライオンズクラブ 平成十三年一月改建

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由緒

金剛、葛城の山麓は古代の大豪族、鴨族の発祥地であります。
その末流は全国にひろがり、鴨(加茂)の郡名だけでも、安芸、播磨、美濃、三河、佐渡の国々にみられ、郷名に至ってはさらに多く、また京都の加茂大社をはじめ、全国に分布している多数の鴨社も、すべて源をこの地に発するものであります。

この葛城の地に鎮まる鴨社としては、本社のほかに、高鴨神社(上鴨)御歳神社(中鴨)との三社があります。
本社付近一帯は鴨都波遺跡と呼称され、神社はその遺跡の上に鎮座しています。本社の境内地を中心に弥生時代の土器や石器、竪臼などの農具が多数出土し、高床式の住居跡も発掘されていますが、弥生時代の中期始め、鴨の一族が水稲農耕を営み神社付近に住みついた事を表しております。

本社の主祭神は古記に、鴨都味波八重事代主神(かもつみわやえことしろぬしのかみ)と記されております。
「代主」は田の神の古語、「鴨都味波」は鴨の水端(みは)、すなわち鴨の水辺の意、「八重事」はしばしばの折り目という形容で、つまり「鴨の水辺で折り目ごとに祀られる田の神」という御神名であります。
金剛山に源を発する葛城川と葛城山に源を発する柳田川が合流するこの地が、潅漑に最も適した地として、田の神を鎮め祀ったのに始まります。
天孫降臨に際して、父の大国主命(桜井市の大神神社御祭神)に代わって国譲りを決定した大神として、御祭神の事代主命の名がみえます。
また、事代主命の御子のヒメタタラ五十鈴媛命は神武天皇の皇后、五十鈴依媛命は綏靖天皇の皇后に天日方命から加茂君が出ておられます。

民族学を研究されておる鳥越憲三郎先生は、葛城王朝の存在と「天孫降臨は葛城王朝に鴨族が併合されたこの地の歴史的事実を伝承されたもの」そして葛城王朝の、神武、綏靖、安寧の三代の天皇の皇后となったのは、事代主神を奉斎してこの地を領地していた鴨王の娘であるといわれる由縁であります。
そうした由縁から、その後も本社の御祭神は皇室の御守護神とされ、宮中八神の一つとして崇拝されて来ました。

古くは神武天皇の大和平定のとき一族はヤタガラスと称されて功績をあげ、また神功皇后の朝鮮征伐からの御帰還にあたっては、謀反があって船を難波に入れないとき、事代主神の御守護により無事に大和へお迎え申し上げることが出来ました。
そのときの御神託に、「事代主尊、おしえてのたまわく、吾が御心の長田国に祠れと」(日本書紀)とみえますが、これが神戸市の名社、長田神社に本社の御祭神が祀られたのはそのためであります。
さらに壬申の乱に大海人皇子(天武天皇)を御神託によって戦勝にお導きしたのも事代主神であります。

多くの輝かしい御武勲をおたてになったことから、田の神におわしますことが忘れられて来ましたが、稲作を御加護される神様であります。
延喜の制では名神大社に列し、月次、相嘗、新嘗には宮中よりの官幣に預かって来た由緒ある名社であります。宮司謹白

※「全国神社祭祀祭礼総合調査(平成7年)」[神社本庁]から参照

【境内社 (Other deities within the precincts)】

参道の北側祀られる
祓戸神社《主》瀬織津比売神 速開比売神 気吹戸主神 速須佐良比売神

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拝殿の東側に祀られる境内社三向かって右より
火産霊神社《主》かまど三柱大神 金山彦命
猿田彦神社《主》猿田毘古神
天神社《主》菅原道真公

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境内 鎮守の杜に祀られる
笹神社《主》市杵島比売命
八坂神社《主》素戔嗚命
神農神社《主》少名毘古那神
稲荷神社《主》宇迦之御魂神

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【境外社 (Related shrines outside the precincts)】

鴨都波神社(御所市宮前町)は 大和国一之宮の大神神社の別宮とされます

・大神神社(桜井市三輪)

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています

『延喜式Engishiki)』巻1 四時祭上 六月祭十二月准 月次

月次祭つきなみのまつり)『広辞苑』(1983)
「古代から毎年陰暦六月・十二月の十一日に神祇官で行われた年中行事。伊勢神宮を初め〇四座の祭神に幣帛を奉り、天皇の福祉と国家の静謐とを祈請した」

大社の神304座に幣帛を奉り 場所は198ヶ所と記しています

月次祭つきなみのまつり

奉(たてまつる)幣(みてぐら)を案上に 三百四座 並 大社 一百九十八所

坐別に絹5尺 五色の薄絹 各1尺 倭文1尺 木綿2両 麻5両・・・・云々

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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『延喜式Engishiki)』巻2四時祭下中の相嘗祭神七十一座

鴨社(かつらぎかものやしろ)二座

絹(キヌ)2疋 絲(イト)3絇4銖 調布6端 唐布3段 木綿1斤10両
(きたい)〈干し肉〉4斤 鮑10両 塩4升 筥2合 (サラケ)缶(モタイ) 水(ホトギ)山都婆波 小都婆波 高盤片盤 酒垂匜等 呂須伎 筥瓶 

海藻8斤 八両凝海藻(コルモハ)8斤 十両
筥4合  短女杯筥杯小杯陶曰各2口 酒稲100束 神統

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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『延喜式Engishiki)』巻2 四時祭下 新嘗祭

嘗祭(にいなめのまつり)は
「新」は新穀を「嘗」はお召し上がりいただくを意味する 収穫された新穀を神に奉り その恵みに感謝し 国家安泰 国民の繁栄を祈る祭り

大社の神304座で 月次祭(つきなみのまつり)に准じて行われる

春には祈年祭で豊作を祈り 秋には新嘗祭で収穫に感謝する

【抜粋意訳】

嘗祭(にいなめのまつり)

奉(たてまつる)幣(みてぐら)を案上に 三百四座 並 大社 一百九十八所

座別に 絹5尺 五色の薄絹 各1尺 倭文1尺 木綿2両 麻5両四座置1束 八座(やくら)置1束 盾(たて)1枚 槍鉾(やりほこ)1竿
社別に庸布1丈4尺 裏葉薦(つつむはこも)5尺

前一百六座
座別に 幣物准社の法に伹 除く 庸布を
右中 卯の日に於いて この官(つかさ)の斎院に官人 行事を諸司不に供奉る
伹 頒幣 及 造 供神物を料度 中臣祝詞(なかとみののりと)は 准に月次祭(つきなみのまつり)に

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス  延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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『延喜式Engishiki)』巻3「臨時祭」中の「名神祭Meijin sai)」の条 285座

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂

延喜式巻第3は『臨時祭〈・遷宮天皇の即位や行幸国家的危機の時などに実施される祭祀〉です
その中で名神祭Meijin sai)』の条に 国家的事変が起こり またはその発生が予想される際に その解決を祈願するための臨時の国家祭祀「285座」が記されています

名神祭における幣物は 名神一座に対して 量目が定められています

名神祭 二百八十五座

鴨神社(かものやしろ)二座

座別に
絁(アシギヌ)〈絹織物〉5尺
綿(ワタ)1屯
絲(イト)1絇
五色の薄絁(ウスアシギヌ)〈絹織物〉各1尺
木綿(ユウ)2兩
麻(オ)5兩

嚢(フクロ)料の薦(コモ)20枚若有り(幣物を包むための薦) 

大祷(ダイトウ)者〈祈願の内容が重大である場合

加えるに 
絁(アシギヌ)〈絹織物〉5丈5尺 
絲(イト)1絇を 布1端に代える

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス『延喜式 巻3-4』臨時祭 名神祭 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

国立公文書館デジタルアーカイブス『延喜式 巻3-4』臨時祭 名神祭 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

国立公文書館デジタルアーカイブス『延喜式 巻3-4』臨時祭 名神祭 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)(927年12月編纂)に所載
(Engishiki JimmeichoThis record was completed in December 927 AD.

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)畿内 658座…大(預月次新嘗)231(うち預相嘗71)・小427
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)大和国 286座(大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣))
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)葛上郡 17座(大12座・小5座)
[名神大 大 小] 式内名神大社

[旧 神社 名称 ] 鴨都波八重事代主命神社二座(貞改号・並名神大月次相嘗新嘗)
[ふ り が な ]かもことしろぬしのみこと かみのやしろ ふたざ(みょうじんだい つきなみ あいなめ)
[Old Shrine name]KamotsuwaYaekotoshironushi no miko no kamino yashiro Futaza)(Meijin dai)

【原文参照】

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【オタッキーポイント】Points selected by Japanese Otaku)

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

鴨都波神社(かもつわじんじゃ)は 葛城氏・鴨氏によって祀られた神社

葛城氏・鴨氏の氏神として祀られたのは・高鴨神社高鴨社・葛城御歳神社中鴨社〉・鴨都波神社〈下鴨社〉の三社

祭神の事代主神は 元々 祖神として信仰した神で 鴨都波神社 事代主神の信仰の本源とされます
大神神社(奈良県桜井市)の祭神 大物主大神御子神にあたり「大神神社の別宮」とも称されます

高鴨神社高鴨社

高鴨神社(御所市鴨神)

葛城御歳神社中鴨社

・葛城御歳神社(御所市東持田)

鴨都波神社〈下鴨社

鴨都波神社(御所市宮前町)

・大神神社(桜井市三輪)の別宮

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神社にお詣り(For your reference when visiting this shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

JR和歌山御所駅・近鉄御所から R24号を南へ450m 徒歩6分程度

R24号沿いに面して 鳥居が建ちます

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鴨都波神社(御所市宮前町)に参着
鴨都波神社は 社殿は南向きに建っていて 東西にそれぞれ参道鳥居があり こちらは西側の参道入口鳥居 どうやら裏参道のようです

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表参道は 葛城川と柳田川の合流する東側です

神社名の鴨都弥波(かもみずは)は神社由緒に
「鴨の水端(みずは)の神」と解され、鎮座地付近が葛城川と柳田川の合流点となり水に恵まれていたことから、元々は水の神を祀っていたとする説もあるとあります

東側の社頭より 再度一礼をして 進みます
参道の南側に手水舎があり 清めます

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隣には「境内神社造営記念 平成2年11月13日」石碑があります

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参道の北側には 境内社 祓戸神社
大神神社にも祀られていますが 参道を進むと最初に鎮座する境内社で 諸々の罪・穢れを祓う祓戸の四柱の神様瀬織津比売神 速開比売神 気吹戸主神 速須佐良比売神祀ります これは 神社の参拝には 清浄を期すことが大切とされ 心身共に清らかになるために 最初にこの神社に参拝する習わしです

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手水舎の並び〈参道の〉には 社務所が建ちます

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参拝の人出が多い時には 授与所〈社殿の西手前〉開いているようです その奥には 境内社の稲荷社

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社殿は 南向きに建てられています 朝陽を受けています

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拝殿のすぐ手前には 狛犬が座します

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拝殿にすすみます 扁額には「鴨都波神社」と記されています
賽銭をおさめ お祈りをします

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ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿には 縁起の良さそうな奉納清酒置かれています

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拝殿から離れて 奥には 透塀に囲まれて本殿が鎮座します 拝殿の向かって右手から回り込めます

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本殿(御所市指定文化財)は 棟札によれば天保12年(1841)の建立あります この日は修繕中

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神社の伝承(A shrine where the legend is inherited)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

出雲風土記(izumo no kuni fudoki)733 AD.』にある伝承

鴨都波神社(御所市宮前町)or 高鴨神社(御所市鴨神)神戸指しているものとされます
高日子根命は 事代主命の別名とする説があります

【抜粋意訳】

意宇郡条 賀茂神戸(かもかんべ)〈現 安来市辺り〉

郡家の東南三十四里

所造天下大神命(あめのしたつくらししおほかみ)〈大国主神〉の御子
阿遅須枳高日子命(あじすきたかひこのみこと)は 葛城(かつらぎ)の賀茂社(かものやしろ)に坐(ましま)

の神の子戸(みこと)〈神戸〉故に (かも)と云う
(神亀三年 字を賀茂と改む) 即ち正倉あり

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブ『出雲国風土記』写本https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000003351&ID=&TYPE=&NO=画像利用

『神名帳考証土代(Jimmyocho kosho dodai)』〈文化10年(1813年)成稿〉に記される伝承

式内社 鴨都味波八重事代主命神社二座所在について 御所(ごぜ)村辺 下鴨社と記しています

【抜粋意訳】

(シモツカモノ)鴨都味波八重事代主命神社二座 並名神大月次相嘗新嘗

旧事記
大己貴神 娶坐 邊津宮 高津姫神、生児 都味歯八重事代主神
今 御所(ごぜ)村辺 下鴨社歟

〇或説おなじ
文実 仁寿二年四月 従二位
〇同十月 正二位
三実 貞観元年正月 従一位

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブ『神名帳考証土代』(文化10年(1813年)成稿)選者:伴信友/補訂者:黒川春村 写本 [旧蔵者]元老院https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000039328&ID=M2018051416303534854&TYPE=&NO=画像利用

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 鴨都味波八重事代主命神社二座所在について 御所(ごぜ)村に在す記しています

【抜粋意訳】

鴨都味波八重事代主命神社二座 並名神大月次相嘗新嘗

鴨は加茂と訓べし、』都味波八重は假字也、」事代主は古止志呂奴之と訓べし、
○祭神明か也、一座は活玉依姫
○御所(ごぜ)村に在す、大和志、同名所図会
〇式二、四時祭下 相嘗祭神七十一座、葛木鴨社二座、」同三、臨時祭 名神祭二百八十五座、中略 大和國鴨神社二座、
○旧事紀、地神本紀 大己貴神 娶坐 邊津宮 高津姫神、生児 都味歯八重事代主神 云々、又云、八重事代主神、化為 八尋熊鰐、通 三島溝杭女活玉依姫、生一男一女、」姓氏録、大和國神別 賀茂朝臣、大神朝臣同祖、大國主神之後也、大田田禰古命 大賀茂都美命、一名大賀茂足尼 奉齋 賀茂神社、

類社
当國 高市郡 高市御縣坐鴨事代主神社 大月次新嘗

【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『神社覈録』著者 鈴鹿連胤 撰[他] 出版年月日 1902 出版者 皇典研究所https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991015

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 鴨都味波八重事代主命神社二座所在について 御所町(南葛城郡御所村大字御所 鴨都波神社)と記しています

【抜粋意訳】

鴨都味波八重事代主命かもみはことしろぬしのみこと神社二座
並名神大月次相嘗新嘗

祭神
八重事代主(ヤヘコトシロヌシノ)
下照姫(シタテルヒメノ)

今按〈今考えるに〉
本社祭神の内 下照姫(シタテルヒメノ)は 事代主命の御兄弟に坐せば 此に祭らるるも由縁ありて聞ゆれど
日本紀神代巻に 事代主神 化為 八尋熊鰐 通ニ 三島溝杭姫
また 神武巻に 事代主神 共に三嶋溝橛耳神之女玉櫛媛とある三島溝杭姫命を祭れるを下照比賣命と誤りしにあらん姑附て後考に備ふ

祭日 二月六月十六日 八月二十七日 十一月十六日
社格 郷社(現今 縣社)
所在 御所町(南葛城郡御所村大字御所 鴨都波神社

【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『特選神名牒』大正14年(1925)出版 磯部甲陽堂https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971155

『明治神社誌料(Meiji Jinja shiryo)〈明治45年(1912)〉』に記される伝承

式内社 鴨都味波八重事代主命神社二座所在について 現 鴨都波神社と記しています

抜粋意訳】

郷社 鴨都波(カモツミハノ)神社

祭神
積羽八重事代主(ツミハヤヘコトシロヌシノ)
下照姫(シタテルヒメノ)
建御名方(タケミナカタノ)

本社は 崇神天皇の御代、神裔 大賀茂祇命に勅して、初めて社を葛城邑 賀茂地に建て 齋き祭らしめ給ふ所なり 大三輪神鎮座次第旧事記
大三輪社の別宮にして葛城賀茂神社といひ、又 下津賀茂社とも云ふ 出雲風土記、神皇正統記、大三輪鎭座次第、史料叢誌
蓋し社伝に 下照姫を祭るとあるは、高光姫を誤り伝へたるものなること著し、こは大國主神の都宮に座す高津姫に娶て生坐る神なるよし、神祇志料にいへり、
虻穴、松本、竹田等近隣五ケ村の氏神たり 大和志、大和名所図絵、

文徳天皇 仁寿二年四月 從二位を加へ、同十月 正二位に進められ 文徳実録
清和天皇 貞観元年正月 從一位を授けらる 三代実録
醍醐天皇 延喜の制 鴨都味波八重事代主命神社二座とありて、並名神大社に列り、祈年、月次、相嘗、新嘗の案上幣帛に預る 延喜式

中古迄は 社領として神田三町六段歩ありしを、霊元天皇 延宝年中 当國郡山の城主 本多家所領替の際、徳川慕府へ収められしと云ふ、又 櫻町天皇 元文元年閏七月 洪水ありて 御所町流失し、後桃園天皇 安永五年三月 神殿炎上して、古記悉く焼亡散逸せりと伝ふ、社記
明治に至り郷社に列せらる。
社殿は 本殿、拝殿等を具へ、境内4200 官有地第一種、老樹鬱蒼として実に森嚴だる神境なり。
例祭日 六月十六日、八月二十七日

【原文参照】

国立国会図書館デジタルコレクション『明治神社誌料』明治45年(1912)著者 明治神社誌料編纂所 編https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1088244映像利用

『大和志料(Yamato shiryo)』〈大正3年(1914)〉に記される伝承

【抜粋意訳】

鴨都味波八重事代主命かもことしろぬしのみこと神社

御所大字御所字掖上にあり
延喜式神名帳に「鴨都味波八重事代主命神社二座 並名神大月次相嘗新嘗」と即ちこれ

・葛城(かつらぎかも)社・下津賀茂(しもつかもの)社・加茂(かも)明神・下鴨(しもかも)社 等の通称あり、
古、式上郡 大三輪社の別社たり。
今 縣社に(註)列せらる。

延喜式 四時曰 相嘗祭神七十一座・・葛城鴨社 二座
伴田庄 慶安二十五年 注進文 曰 葛上郡三十三條五里 三十三坪二反 下津賀茂神主 同條六里 六坪一反 三室殿
本朝神社牒 曰 加茂大明神 旧名 下鴨之神社 鴨井肥後守
註 縣社に列格せしは、大正十年二月二十二日なり。

祭神
事代主神に高照姫命を(註)配祀す、
崇神天皇の時 大田田根子の孫 大賀賀茂祇(おほがもつみ)勅を奉じ ここに創祀する所なり。

・・・・・・
註 神社明細帳に祭神 積羽八重事代主命・下照比賣命・建御名方命、明治三十五年五月 境内神社 大神神社 出雲神社 合祀に付き 大国主命・大物主櫛玉命の二神増加すとあり。

神戸
・・・・

雑事
・・・・

【原文参照】

国立公文書館デジタルコレクション『大和志料』著者 奈良県 編 出版年月日 大正3年 出版者 奈良県教育会https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950813

国立公文書館デジタルコレクション『大和志料』著者 奈良県 編 出版年月日 大正3年 出版者 奈良県教育会https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950813

鴨都波神社(御所市宮前町)に (hai)」(90度のお辞儀)

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