延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

建穂神社(静岡市葵区建穂)〈延喜式内社 建穂神社の論社〉

建穂神社(たきょうじんじゃ)は かつて隣村の服織(はとり)〈現 静岡市葵区羽鳥(はとり)〉の「木枯森(コガラシノモリ)」の辺りに 境内を構えていたとされます この羽鳥(ハトリ)の地名は 機織(ハトリorハタオリ)の秦氏(ハタ ウジ)から発祥しています 駿府の「秦氏(Hata uji)」の拠点であったところです

二宮神社跡(伊波乃比咩命神社 旧鎮座地)(三宅村坪田)〈『延喜式』伊波比咩命神社〉

二宮神社跡(にのみやじんじゃあと)は 伊波乃比咩命神社の 旧鎮座地です 三宅島では 度重なる火山活動によって 多くの神社で遷座が繰り返されています 当神社も 当初の鎮座地「坪田観音(Tsubota kannon)」から 坪田村小倉山「当地〈二宮神社跡〉」に遷座して 現在は 二宮神社(三宅島 坪田)に合祀されています

青沼浅間神社(甲府市)

青沼浅間神社(あおぬませんげんじんじゃ)は 社伝によれば「貞観7年 平安初期 西暦865年に山梨郡 稲門東青沼村 現在地に建立す」とあります 延喜元年(901年)成立の『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』に記されている「山梨郡に祀られた浅間明神」とされています 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)の論社でもあります

一宮浅間神社(市川三郷町)

一宮浅間神社(いちみやあさまじんじゃ)は 地元の言い伝えによれば 貞観6年(864)に始まった富士山の大噴火の時に 浅間の神である 木花咲耶姫命を 現鎮座地の南方にある正体山に噴火の難を逃れるために遷ったのが始まりと伝わります 明治27年(1894)鳥居原狐塚古墳(市川三郷町大塚)から中国の呉の年号である赤烏元年(238年)の銘がある銅鏡「神獣鏡」1面が出土し奉納され 国の重要文化財に指定(現在東京国立博物館展示)されています

河口浅間神社(富士河口湖町)

河口浅間神社(かわぐちあさまじんじゃ)は 貞観6年(864)に始まった富士山の大噴火〈貞観の大噴火〉を鎮めるために 勅命により 甲斐国に浅間名神を祀ることになったのが創始とされています この大噴火では 富士山の北麓にあった広大な湖「剗の海(セノウミ)」の大半(現在の青木ヶ原樹海)が 溶岩で埋め尽くされて 西湖と精進湖が僅かに 現在に残ったとされています

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