延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

志賀鼻休息所〈旧 志賀明神 鎮座跡〉(対馬 久田道)

志賀鼻休息所(しかのはなきゅうそくじょ)は 旧 志賀明神〈現在は 厳原町東里の住吉神社に合祀〉が鎮座していた跡地とされます 厳原港の西岸に飛び出している出鼻の岬「志賀ノ鼻(シカノハナ)」と呼ばれる台地があり ここには 現在バイパス湾岸道路「志賀ノ鼻大橋」が架けられていますが 志賀ノ鼻の台地の狭い山道を迂回する旧道沿いにあります 

銀山上神社(対馬 久根田舎)第81代 安徳天皇〈在位1180~1185年〉は難を逃れ 皇居をこの地に定められ崩御されたと伝わります

銀山上神社(ぎんざんじょうじんじゃ)は 『日本書紀(にほんしょき)』第40代 天武天皇 即位3年(674)の条に「対馬の国守から 銀が産出しました」と記され 佐須(さす)銀山は 日本で最初に銀が発掘された地と伝わります 又 源平の壇ノ浦の戦いで崩御された第81代 安徳天皇〈在位1180~1185年〉は 実は難を逃れ この久根田舎で暮らされて そして亡くなられたと言う伝承があり なんと御祭神として祀られています

都々智神社(対馬 尾崎)〈遥拝所〉海の中に鳥居のある神社

都々智神社〈遥拝所〉(つつちじんじゃ)〈ようはいじょ〉は 里人が ここから〈本殿・ご神体〉を遥拝する所〈遥拝所〉なので 里宮と呼ばれます 潮の満ち引きに合わせて 海中に参道が現れて 参拝が出来るようにつくられている この海の参道は 都々智神社の〈本殿・ご神体〉が鎮座する 今里海岸の北西方向へと向いています  

阿麻氐留神社(対馬 小船越)

阿麻氐留神社(あまてるじんじゃ)は 対馬の小船越に鎮座します 地名の小船越は 対馬海峡と朝鮮海峡を行き来する船を 陸に上げて引いて越したので そこから名付けられました 古代から 日本と大陸の往来拠点であった対馬は 南北に82km程もあり 海路での迂回は一苦労 ですから対馬の中央部の小船越は まさに現代でいうバイパスの役割を果たしていました 交通の要地を明るく照らす「日の神」〈太陽の神〉を祀るという位置づけで 江戸時代には「照日権現(テルヒゴンゲン)」と呼ばれていました

太祝詞神社(対馬 加志)

太祝詞神社(ふとのりとじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載 名神大社で 大和朝廷にも大きな影響力があった対馬の卜部(ウラベ)の祖神(オヤガミ)である雷大臣命(イカツチオオオミノミコト)を祭神としています 鎮座地の加志(カシ)では 亀卜(キボク)が行われていたと云われ ご祭神の 雷大臣命の最後の住居趾であり 墳墓であるとも伝わります

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