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天香山神社(橿原市南浦町)
天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)は 『延喜式神名帳927 AD.』所載 大和国 十市郡 天香山坐櫛真命神社(大 月次 新嘗 元名大麻等乃知神)とされ 京中 左京二条坐神 2座 久慈真智命神(大月次相嘗新嘗)(くしまちのみことのかみ)の本社に相当します 畝尾坐健土安神社(うねひのます たけはにやす かみのやしろ)の論社でもあります
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加賀國(かがのくに)の 式内社 42座(並小)について
加賀国(かがのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 加賀国には 42座(並小)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています
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益救神社(屋久島町原)
原益救神社(はるおやくじんじゃ)は 往古は旧県社 益救神社の末社であったとも 益救神社(やくじんじゃ)そのものであったとも伝わります 益救神社は 長い歴史を持ち 元々は屋久島中央部の三岳(宮之浦岳・永田岳・栗生岳)の神を祀ったものと云われます
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宮浦神社(姫路市家島町)
宮浦神社(みやうらじんじゃ)は 以前は 家島白髭大明神を称していたが 明治になって宮浦神社と改称されました 社伝によれば 比叡山実相院の覚円僧都が門徒と共に坊勢島に渡海し 或る夜霊夢によって故郷の琵琶湖に準え白髭大明神を勧請したことによります
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豊前国 式内社 6座(大3座・小3座)について
豊前国(ぶぜんのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される 豊前国 6座(大3座・小3座)の神社です
