延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

富知六所浅間神社(富士市浅間本町)

富知六所浅間神社(ふじろくしょせんげんじんじゃ)は 創建年は不詳ながら第五代 孝昭天皇の御宇と伝えられ 大同5年(806)浅間五社を勧請するにあたり当神社を首座と定めた 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載 駿河国 富士郡 富知神社(ふぢの かみのやしろ)の論社でもあります

富知神社(富士宮市朝日町)

富知神社(ふくちじんじゃ)は 第五代 孝昭天皇二年〈BC474年〉の御世 富士山の神〈水神・農耕神〉が祀られたのが始まりとされ 当初の社地は 現在の富士山本宮浅間大社の鎮座地 大宮であったが 大同元年(806)平城天皇の勅命で坂上田村麻呂が社殿を造営し 浅間大神〈火神〉が遷座し祀られた為 富知神社は 現在地 立宿の地に遷し奉られたと伝えます

倭文神社(富士宮市星山)〈『延喜式』倭文神社〉

倭文神社(しどりじんじゃ)は 古代 布織技術を誇った倭文氏が祖神 健羽雷神〈織物の神〉を祀った延喜式内社 駿河国 富士郡 倭文神社(しとりのかみのやしろ)です 鎮座地の星山は 星神 香々背男との関連も示唆し 常世国神を奉じて大和朝廷に反した大生部多(おおうべの おお)〈不尽河〈富士川〉の辺に住む人〉の伝承にも通じます

山宮浅間神社(富士宮市山宮)

山宮浅間神社(やまみやせんげんじんじゃ)は 第11代 垂仁天皇の時 山足の地〈山麓全体〉に祀られた浅間大神を 第12代 景行天皇の時 日本武尊が 当地 山宮の地に 磐境を設けて大神を祀り 大同元年(806)坂上田村麿が勅命により 現在の富士山本宮浅間大社の地に社殿を造営し 遷座した富士山の山宮斎場の元宮です 今でも本殿はなく 溶岩を用いた石列が原始的な祭祀形態を留めています

天降神社(高松市香川町)

天降神社(あまくだりじんじゃ)は 田村大神示顕の地と云われ 往古 田村神社の御旅所とされていました 現在の神社は 享録年中(西暦一五二八~三二)大野北城内に神が降臨して霊異が現れ その啓示に基づき城の南東に天下権現(あまくだりごんげん)社(現在の天降神社)を建立したという

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