延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

総社跡(安芸郡府中町本町)

総社跡(そうじゃあと)は 安藝国 府中の在庁官人(ざいちょうかんにん)となった田所氏が平安時代終わり頃に創建した総社と思われます 江戸時代には『延喜式神名帳927 AD.』記載 多家神社〈名神大〉(おほいえの かみのやしろ)の所在をめぐり南部の八幡社と総社との争いが絶えず 明治7年(1874)創建した多家神社に合祀されて廃社となった総社の旧跡です

多家神社(安芸郡府中町宮の町)

多家神社(たけじんじゃ)は 延喜式に載る 安藝国 名神大社 多家神社(おほいえの かみのやしろ)の後継社です 中世になると社運が衰え 江戸時代には南氏子(松崎八幡宮 まつざきはちまんぐう)と北氏子(総社 そうじゃ)が 互いに多家神 埃宮を主張して論争対立が絶えず 明治六年(1873)松崎八幡宮と総社を合わせ現在の社地「誰曽廼森(たれそのもり)」に多家神社を復興したものです

春日大社(奈良市春日野町)

春日大社(かすがたいしゃ)は 社記によると 神護景雲二年(768)・武甕槌命〈常陸国 鹿島神宮〉・経津主命〈下総国 香取神宮〉・天児屋根命〈河内国 枚岡神社〉・比売神〈河内国 枚岡神社〉を併せ 御蓋山(みかさやま)麓に四殿の社殿を造営し 四座が鎮座して 春日大社が創建されたと伝えています

春日大社(奈良市春日野町)・摂社・末社

春日大社(奈良市春日野町)の・摂社・末社について 記載しています

浮雲神社〈春日大社境内社〉(奈良市春日野町)

浮雲神社(うきぐもじんじゃ)は もと興福寺の子院・四恩院の鎮守社として祭祀されていましたが 明治の廃仏毀釈により現在地に遷座し 春日大社境内社となっています 「御蓋山(みかさやま)の頂上 浮雲峰(うきぐものみね)」に鎮座する本宮神社(禁足地内 一般参拝不可)と同体とされます

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