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御勢大靈石神社(小郡市大保)
御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)は 伝承では 第14代仲哀天皇が熊襲征伐にあたり前戦を廻られて流矢に当られて崩御されたが 深く秘して仮に御殯葬申上げた行宮跡で 神功皇后が三韓征伐にあたり天皇の御魂代の石を軍船に乗せ戦勝 凱旋の時 この地に甲冑御衣を納め三韓鎭撫神として この石を祀ったものが 御勢大靈石(みせのおほみたまいし)と伝えられます
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豊姫神社〈天満宮境内〉&本山天満宮(久留米市上津町)
豊姫神社(ゆたひめじんじゃ)は 元々は東上村に鎮座していた社殿を大正十四年(1925)五月三日 本山天満宮(ほんざんてんまんぐう)に合祀して後日石祠を建立し 本山天満宮の境内に遷座したものです 延喜式内社 筑後國 三井郡 豊比咩神社(貞・名神大)(とよひめの かみのやしろ)の論社となっています
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赤司八幡神社(久留米市北野町赤司)
赤司八幡神社(あかじはちまんじんじゃ)は 延長二年(924)十一月鎭座と云い 神社に伝わる『止誉咩(とよひめ)神社本跡縁起』には はじめ゛筑紫中津宮゛と呼ばれ 後に 延喜式内社として゛ 豊比咩神社(貞・名神大)(とよひめの かみのやしろ)゛になったとあります 止誉比咩は゛豊姫゛とも表記し神功皇后の妹ともされます 戦国時代に社号を八幡宮となり現在に至ります
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豊比咩神社〈豊姫神社〉(久留米市北野町大城)&宮地嶽神社 玉垂御子神社
豊比咩神社〈豊姫神社〉(とよひめじんじゃ)は 由緖は不詳ですが 社説には天平年中(729~749年)の鎭座と云う古社です 江戸時代は゛宝満宮゛と称していたようで 明治六年(1873)には村社に定められた 延喜式内社 筑後國 三井郡 豊比咩神社(貞・名神大)(とよひめの かみのやしろ)の論社です
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中氷川神社(所沢市三ケ島)
中氷川神社(なかひかわじんじゃ)は 社伝によれば 崇神天皇の御時 神託によって素戔鳴尊と奇稲田姫命の二柱を祀る社として勧請され 其後 景行天皇の御時 日本武尊が東征に際してこの地を通り掛かった時に霊意を感じ 天下泰平 国乱鎮護の為 大己貴命 少彦名命の二柱を併せ祀ったと伝えられる式内社 武蔵國 入間郡 中氷川神社(なかひかはの かみのやしろ)の論社です
