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川内多々奴比神社(丹波篠山市下板井)〈延喜式内社〉

川内多々奴比神社(かわうちたたぬひじんじゃ)は 社伝に第10代 崇神天皇の御代 四道将軍 丹波道主命が創建と伝え 別説には 社名の多々奴比(たたぬひ)は楯縫(たてぬい)の訛りで『延喜式』にある神楯を奉仕する斎部の楯縫氏の事 楯縫氏が祖神 彦狭知命を川内郷に祀ったので 川内多多奴比神社と伝わります

由豆佐賣神社(鶴岡市湯田川)〈『三代實録』由豆佐乃賣神『延喜式』由豆佐賣神社〉

由豆佐賣神社(ゆずさめじんじゃ)は 『三代實録』仁和元年(885)11月21日条に由豆佐乃賣神を篤く奉るように勅命が下され 『延喜式927 AD.』には式内社 出羽國 田川郡 由豆佐賣神社(ゆつさひめの かみのやしろ)と記載のある由緒ある古社です 和銅5年(712年)開湯 湯田川温泉の鎮護の神社として崇拝されてきました

天地神社(田方郡函南町平井)〈『延喜式』阿米都瀬氣多知命神社の論社〉

天地神社(てんちじんじゃ)は 延喜六年(906)創建 棟札に平安時代前半 伊豆山大権現から遷したとあり 稲作の豊作を願い 天(天候)地(土 地方)の恵みを祈願し 天地大明神と称したが 天地神社と改称(明治六年) 延喜式内社 伊豆國 田方郡 阿米都瀬氣多知命神社(あめつせのけたちのみことの かみのやしろ)の論社です

気多神社(沼津市内浦三津)〈『延喜式』阿米都瀬氣多知命神社・井田神社の論社〉

気多神社(きたじんじゃ)は 社記によれば 貞観元年(859)に当地に鎮座したと云い 祭神は意氣長多羅司姫命(おきながたらしひめのみこと)〈神功皇后〉とされます 二つの式内社〈阿米都瀬氣多知命神社(あめつせのけたちのみことの かみのやしろ)・井田神社(ゐたの かみのやしろ)〉の論社となっています

井田神社(沼津市井田)〈『延喜式』井田神社・『伊豆國神階帳』ゐたの明神〉

井田神社(いだじんじゃ)は その歴史は古く 慶長12年(1607)の上梁文には゛井田荘七箇村鎮守 井田明神゛とあり 『伊豆國神階帳(康永2年(1343)』には゛従四位上 ゐたの明神゛ さらに『延喜式927 AD.』には 延喜式内社 伊豆國 那賀郡 井田神社(ゐたの かみのやしろ)と所載される由緒を持ちます

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