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三崎神社〈氷川神社(宍道町)に合祀〉

三崎神社〈氷川神社(宍道町)に合祀〉は 出雲国風土記 延喜式には見えないが元祇園社と称し 貞観18年(876)この地方に流行した悪病の平癒を祈願して京都より勧請 祇園社を氷川神社と改称し 明治7年 猪道山にあった三崎神社(完道社)及び町内にあった客社 恵美須社焼火社を合祀して宍道町の氏神となった

比婆山久米神社(安来市伯太町)

比婆山久米神社(ひばやまくめじんじゃ)は 古事記に「かれその神避りし伊弉那美の神は 出雲の国と伯伎の国(伯耆の国)の堺 比婆の山に葬りき」と 国生みの母神〈伊弉那美の神〉は比婆山の山頂に埋葬されたと記されていて 今でも 御神陵と言い伝えられる古い塚があり 山頂の奥宮と麓の里宮が鎮座します 

久多美神社〈忌部神社(松江市東忌部町)に合祀〉

忌部神社(いんべじんじゃ)は 平安朝に忌部神戸内鎮座の二十二社を合祀し 二十二社総権現 総社大宮大明神と称し 明治44年(1911)一村一社との政府の指示に基き「式内 村社 久多美神社(御祭神 大穴穿遲神外三神)」無格社山智神社(御祭神 事解男神外一神)無格社七次神社(御祭神 國常立尊外十四神)無格社素鵞神社(御祭神 素盞鳴命)を合祀して社名を忌部神社と改称

勝日高守神社(安来市広瀬町富田)

勝日高守神社(かつひたかもりじんじゃ)は 月山山頂の富田城の本丸跡の奥に鎮座し 城の守護神社として歴代城主の信仰が厚く 特に尼子氏はたいへん熱心でした 「古事記」にも記載があると伝えられ 築城以前から所在していて 里宮(富田八幡宮)に対して山頂の奥宮とされています

大山代神社(松江市西津田町)

大山代神社(おおやましろじんじゃ)は 西津田に古くからあった2つの神社(大山代神社と大山神社)が それぞれ鷹日神社に合祀された後 昭和48年に統合され 現在の場所に新社殿が建てられました 出雲國風土記(izumo no kuni fudoki)所載社の「山代社(やましろ)のやしろ」の論社ともされています

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