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江田神社(四日市市西坂部町)〈『延喜式』江田神社〉

江田神社(えだじんじゃ)は  祭神は日本武尊の弟君 五十功彦命 古くは奥宮 中宮 下宮があったが 天正3年(1575)織田信長配下の兵火によりすべてを焼失し 下宮〈現在地〉に遷座 明治41年(1908)に坂部町地内のすべての神社が合祀されました 延喜式内社 伊勢國 三重郡 江田神社(えたの かみのやしろ)の論社です

江田神社(宮崎市阿波岐原町)〈『續日本後紀・三代實録』江田神『延喜式』江田神社〉

江田神社(えだじんじゃ)は 社伝に「太古の御創建 この地一帯は古来 所謂 日向の橘の小戸の阿波岐原として 伊邪那岐の大神禊祓の霊跡と伝承されて 縁起最も極めて深き社ならむ」とあります 六国史『續日本後紀』『三代實録』江田神とあり 『延喜式』日向國 宮崎郡 江田神社(えたの かみのやしろ)とされます

邇々杵尊(ににぎのみこと)木花之開耶姫(このはなさくやひめ)『記紀神話』の伝承

『記紀神話(ききしんわ)』「天孫降臨(てんそんこうりん)の段」には 邇々杵尊(ににぎのみこと)が 笠紗御前(かささのみさき)で 大山津見神(おほやまつみのかみ)の女(むすめ)木花之佐久夜毘賣(このはなさくやひめ)と出逢い 結婚 妊娠 出産についての伝承が語られています その舞台は日向國(現 宮崎県)です

西都原古墳群〈石貫神社〉『記紀神話』邇々杵尊 木花之開耶姫の伝承地

西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)は 邇々杵尊 木花之開耶姫 大山津見神の墳墓とされる古墳がある『記紀神話』の伝承地です その他 姫が出産の時 周囲に火をかけたとされる産屋「無戸室」・産湯としたとする「兒湯の池」もあり 又 鬼の伝説を持つ大山津見神を祀る石貫神社(いしぬきじんじゃ)もあります

都萬神社(西都市大字妻)〈『續日本後紀』妻神『三代實録』都萬神『延喜式』都萬神社〉

都萬神社(つまじんじゃ)は 社傳に云く「景行天皇 日向國 土蜘蛛を征し給ふ時、兒湯縣に行幸 当社勅願し給ひしことを傳ふ 以てその太古の創建なるを知るべし」とあります 『續日本後紀 妻神』『三代實録 都萬神』『延喜式』に日向國 兒湯郡 都萬神社(つまの かみのやしろ)と記載のある由緒ある古社です

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