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宇賀神さま(富岡市神成)〈『延喜式』宇藝神社旧鎮座地 磐境〉

宇賀神さま(うがじんさま)は 宇賀神〈宇迦之御魂神の別称〉を祀る磐座で 宇藝神社の旧鎮座地とされ 現在の宇藝神社(富岡市神成)より西方500m程 神成山中腹 峻立した岩壁の割れ目に小祠が祀られ その横に゛延喜式内社 宇藝神社磐境゛と刻字された石碑が建立されています

杉山神社(横浜市緑区西八朔町)

杉山神社(すぎやまじんじゃ)は 武蔵国の総社 大国魂神社の六之宮とされ 式内社 武蔵國 都筑郡 杉山神社(すきやまの かみのやしろ)の有力な論社とされます 但し 都筑郡(横浜市北部)と周辺には70社程の゛杉山神社(杉山社 椙山神社)゛があり その数多い式内社 論社の所在についても 諸説があり  しかも いずれも證(あかし)はなく 未だに比定がなされていません

稲荷神社(上里町八町河原)

稲荷神社(いなりじんじゃ)は 中世後期の創建を伝え 宝徳年中(1449-1452)天文年中(1532-1555)天正年間(1573-1592)の勧請と諸説あります 延喜式内社ではないだろうか とも伝わっていますが これは式内社の゛稲実(いなみ)゛と゛稲荷(いなり)゛の音が通じているための誤りであろうとされています

今城青坂稲実池上神社(上里町忍保)

今城青坂稲実池上神社(いまき あおさか いなみいけがみ じんじゃ)は 社伝によれば 和銅四年(711)に勧請と伝わる 延喜式内社 今城青坂稲実池上神社(いまき あをさか いなみの いけかみの かみのやしろ)の論社です 社名の「いまき」は今城すなわち新来の意で 渡来系氏族が当地に高度な稲作技術を導入し゛稲魂゛を祀ったものとされ 江戸時代には゛稲荷社゛と呼ばれていました

熊野神社(上里町堤)〈『延喜式』今城青坂稲實荒御魂神社〉

熊野神社(くまのじんじゃ)は 式内社 武蔵國 賀美郡 今城青坂稲實荒御魂神社であると伝りますが確証なし 町内にある他の熊野神社が中世の武士団の信仰と関わりがあり付会とも云う 本殿のすぐ後ろには熊野神社古墳(東堤古墳群8号墳)があり この古墳を祀る故に熊野神社が勧進される以前に式内社があった可能性を示唆する式内論社です

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