御食神社(佐渡市宮川)〈『延喜式』御食神社〉

御食神社(みけじんじゃ) 天正年間(1573~92)兵火に罹り 旧記は焼亡 慶安年間(1648~51)洪水により社殿が流出し 創立年月・往古 勧請の地など不詳ですが 大膳寮所祭の神と申伝わり 延喜式内社 佐渡國 雑太郡 御食神社(みけの かみのやしろ)の論社となっています

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目次

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1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(Shrine name

御食神社(Miketsu shrine

通称名(Common name)

【鎮座地 (Location) 

新潟県佐渡市宮川793番地

〈旧住所〉佐渡郡畑野町大字宮川793番地

  (Google Map)

【御祭神 (God's name to pray)】

《主》大御食主神(おほみけつのかみ)

【御神徳 (God's great power)】(ご利益)

【格  (Rules of dignity) 

・『延喜式神名帳engishiki jimmeicho 927 AD.所載社

【創  (Beginning of history)】

『佐渡神社誌』大正15年(1926)に記される内容

【抜粋意訳】

○村社 御食神社 〔大字後山七九三番地鎭座〕

祭神 大御食主命(社地變遷の事委しく國誌に見え 祭神の事は祭神通考に委し)

○由緒

 宝暦寺社帳には當社 當國九社神の内也、御神號 大御氣持命 神皇産靈尊の子往古 勧請の地不知 今 山崎五郎助と甲す百姓の舗地に神迹有之とも云へど不詳と見ゆる事實に近し、明細帳には創立年月不詳なるも延喜式神名帳に記載の社にて大膳寮所祭の神と申伝ふ、天正年間兵火に罹り 舊記 焼亡せり、當村 産土神にて明治六年六月村社に列すとあり

境内神社

 白山神社 祭神 菊理媛命 合殿 櫛御氣野命
 秋葉神社 祭神 軻遇突智命 合殿 素戔嗚尊、菅原道真朝臣

【原文参照】

新潟県神職会佐渡支部 編『佐渡神社誌』,新潟県神職会佐渡支部,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/971197

新潟県神職会佐渡支部 編『佐渡神社誌』,新潟県神職会佐渡支部,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/971197

【由  (History)】

『式内社調査報告第十巻』昭和59年に記される内容

【抜粋】

佐渡國 雑太郡 5御食(ミケノ)神社
【論社】

畑野町後山に「御食神社」が現存する。しかし この社については古來から異説が多い。
・・・
・・・〈中略〉
・・・

後山の御食神社については『佐渡國誌』(大正十一年刊 岩木拡)に、「此社もと後山の西隅なる宮所に俗稱する所に在り、時の社人 長次郎なる者 自己名義を以て、延寶七年 馬場村 與五右衛門に譲り渡せし為 神跡不明となる、現在は寛延三年 後山重立古屋将監なる者 私費を以て經營し、後 勸行院に賣渡したるもの」と記されてゐるが、現在調査しても、これ以上のことはわからなかった。なほ、『佐渡國寺社境内案内帳』の「山崎五郎助」との關係もわからない。なぜ「御食神社」の名稱をつけたかについても不明であった。
(山本修巳 )

【原文】

『式内社調査報告第十七巻』著者 式内社研究会編纂.刊行年.昭和59年.出版社 皇学館大学出版部より

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神社の境内 (Precincts of the shrine)】

御食神社 社殿

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御食神社 本殿覆屋

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御食神社 拝殿

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・〈本殿向かって右 石祠2宇〉白山神社・秋葉神社

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・〈境内社〉天神社《主》菅原道眞公・〈土蔵〉神庫

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・境内

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・狛犬

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・社号標「式内 村社 御食神社」

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・鳥居

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・手水鉢

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・社頭

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神社の境外 (Outside the shrine grounds)】

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 大和朝廷による編纂書〈六国史・延喜式など〉に記載があり 由緒(格式ある歴史)を持っています

〇『風土記(ふどき)』和銅6年(713)
 『続日本紀』和銅6年(713)5月甲子の条が 風土記編纂の官命であると見られ 記すべき内容として下記の五つが挙げられています

『風土記(ふどき)』和銅6年(713)の特徴について
1.国郡郷の名(好字を用いて)
2.産物
3.土地の肥沃の状態
4.地名の起源
5.古老の伝え〈伝えられている旧聞異事〉

現存するものは全て写本です
『出雲国風土記』がほぼ完本
『播磨国風土記』、『肥前国風土記』、『常陸国風土記』、『豊後国風土記』が一部欠損した状態

〇『六国史(りっこくし)』
  奈良・平安時代に編纂された官撰(かんせん)の6種の国史の総称

・『日本書紀』養老4年(720)完成
『續日本紀』延暦16年(797)完成
『日本後紀』承和7年(840)完成
『續日本後紀』貞観11年(869)完成
『日本文徳天皇実録』元慶3年(879)完成
『日本三代實録』延喜元年(901)完成

〇『延喜式(えんぎしき)』延長5年(927)完成
  平安時代中期に編纂された格式(律令の施行細則)全50巻 約3300条からなる

『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』(927年12月編纂)に所載〈This record was completed in December 927 AD.〉

延喜式Engishiki)律令の施行細則 全50巻』〈平安時代中期 朝廷編纂
その中でも910を『延喜式神名帳Engishiki Jimmeicho)といい 当時927年12月編纂「官社」に指定された全国の神社式内社の一覧となっています

「官社(式内社)」名称「2861
・「鎮座する天神地祇」数「3132座」

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)北陸道 352座…大14(うち預月次新嘗1)・小338

[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)佐渡國 9座(並小)

[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)雑太郡 5座(並小)

[名神大 大 小] 式内小社

[旧 神社 名称 ] 御食神社
[ふ り が な ](みけの かみのやしろ)
[Old Shrine name]Mike no kaminoyashiro

【原文参照】

国立公文書館デジタルアーカイブス 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用

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【オタッキーポイント】This is the point that Otaku conveys.

あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

『延喜式神名帳』(927年12月編纂)に所載「御食神社(みけの かみのやしろ)」について

延喜式内社 伊勢國 度會郡 御食神社(みけの かみのやしろ)の論社

・御食神社〈豊受⼤神宮(外宮)摂社〉

延喜式内社 佐渡國 雑太郡 御食神社(みけの かみのやしろ)の論社

・御食神社(佐渡市宮川)

・大膳神社(佐渡市竹田)

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【神社にお詣り】(Here's a look at the shrine visit from now on)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

佐渡汽船 両津港から県道65号経由で南下 約15.7km 車での所要時間は21~25分程度

御食神社(佐渡市宮川)に参着

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境内は東南方向を向いています

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一礼をしてから鳥居をくぐると 狛犬が座しています

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境内の向かって右手には神庫と境内社が祀られています

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拝殿にすすみます

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賽銭をおさめ お祈りをします
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

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拝殿の奥には 幣殿と本殿覆い屋が一体となっています
向って右には 小さな石祠が2宇祀られています

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拝殿向かって左側には 南西方向を向いて鳥居が建てられています

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社殿に一礼をして 境内を戻ります

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神社の伝承】(I will explain the lore of this shrine.)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

『神社覈録(Jinja Kakuroku)〈明治3年(1870年)〉』に記される伝承

式内社 御食神社について 所在は゛後山村に在す゛〈現 御食神社(佐渡市宮川)〉と記しています

【抜粋意訳】

御食神社

御食は美氣と訓べし

○祭神 御食津神歟

○後山村に在す、〔略風土記〕

例祭
八月十六日、

類社
 伊勢國 度會郡 御食神社

【原文参照】

鈴鹿連胤 撰 ほか『神社覈録』下編 ,皇典研究所,1902. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/991015

『神祇志料(Jingishiryo)』〈明治9年(1876)出版〉に記される内容

式内社 御食神社について 所在は゛後山村にあり、゛〈現 御食神社(佐渡市宮川)〉と記しています

【抜粋意訳】

御食神(ミケツカミノ)社、

 後山村にあり、〔佐渡風土記、神名帳〕

 御膳津神を祭る、〔参酌延喜式、及祝詞〕

凡 八月十六日祭を行ふ、〔神社覈録

【原文参照】

栗田寛 著『神祇志料』第15−17巻,温故堂,明9-20. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/815497

『特選神名牒(Tokusen Shimmyo cho)〈明治9年(1876)完成〉』に記される伝承

式内社 御食神社について 所在は゛後山村(佐渡郡畑野村大字後山)゛〈現 御食神社(佐渡市宮川)〉と記しています

又゛竹田村大膳の社゛〈現 大膳神社(佐渡市竹田)〉との説も紹介しています

【抜粋意訳】

佐渡國 賀茂郡

御食神社

祭神 大御食持命

祭日 八月十六日
社格 村社

所在 後山村(佐渡郡畑野村大字後山)

 今按 佐渡志に木村に神祟あるよしにて形ばかりの小祠あり 修驗某いつき奉ると云へり されど元祿撿地帳に見えざれば如何あらん  同郡竹田村大膳の社  御食神社なりと古き物に記したり 古へ通はして大膳神とも云たるを後に御食の名を失ひて大膳明神とのみ稱しけるにやと云る 大膳明神こそ御食神社なるべけれ されど今 佐渡志にも明細帳にも後山村と云へければ姑く之に從ふ

【原文参照】

教部省 編『特選神名牒』,磯部甲陽堂,1925. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1919019

御食神社(佐渡市宮川) (hai)」(90度のお辞儀)

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