名神大社〈延喜式内〉

日光二荒山神社・中宮祠・奥宮(日光市)

日光二荒山神社・中宮祠・奥宮は 男体山の山頂にあるので奥宮と呼ばれ 奥宮と日光二荒山神社本社の中間にあるので中宮祠と呼ばれています 御祭神は日光二荒山神社と同じ・大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の3神です 中宮祠の本殿右側には山頂の奥宮への登拝門があり 5月から10月に登山口の門が開き ここから男体山に登ることができます

日光二荒山神社 本社(日光市山内)〈世界遺産「日光の社寺」〉

日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は 標高2486m霊峰「男体山(二荒山)」をご神体として 古くから日光における信仰の中心となってきました 残存する最も古い記録には 767年に勝道上人が 日光山を開基したとあり 世界遺産「日光の社寺」の一群で 日光東照宮と日光山輪王寺の中間の位置に鎮座します

都々古別神社(表郷三森 都々古山)〈『延喜式』都都古和気神社〔名神大〕〉

都々古別神社(つつこわけじんじゃ)は 馬場都々古別神社の旧蹟 日本武尊(やまとたけるのみこと)が 都々古山(つつこやま)〈別名を建鉾山(武鉾山)江戸期までは入山禁足〉に「鉾(ほこ)」を立て地主神として「味耜高彦根命」を祀った創祀の地 山頂には梵天の祠があり 山麓には当社があり 延喜式の頃には祭祀が行われていた奥院と伝

都々古別神社(玉川村南須釜)

都々古別神社(つつこわけじんじゃ)は 第40代天武天皇の御代に常陸國の国司に任じられた 藤原鎌足(ふじわらのかまたり)公〈698-720年〉が この地に赴いた際に創建したとされ 往時には「奥州一の宮」と称され 48社の末社を四方に持ち 神領12ヶ村 氏子85ヶ村を誇ったと伝わります

都々古別神社(棚倉町八槻)〈『延喜式』都都古和気神社(名神大)〉陸奥国一之宮

八槻都々古別神社(やつきつつこわけじんじゃ)は 縁起では 日本武尊が 八溝山の蝦夷を討った際 守護として示現した3神が建鉾山(白河市表郷三森)に隠れた時 東方に矢を放ち 矢(箭)の着いた地を(箭津幾:やつき)として神社を創建したと伝わる 奥州一之宮です 久慈川沿いに並び鎮座した近津三社の〈上宮〉とされます

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