名神大社〈延喜式内〉

大洞赤城神社 元宮跡地(前橋市富士見町赤城山)

大洞赤城神社 元宮跡地(おおほらあかぎじんじゃ もとみやあとち)は 社伝には 当初は神庫山(ほくらやま)〈現 地蔵岳〉に鎮座 大同元年(806)〈大沼の南畔〉この地に遷座 約1200年間鎮座した〈神社周辺は 遷座の年号に合わせ「大洞」と呼ばれ 当社も大洞赤城神社と称されたと云う〉 昭和45年(1970)現在の小鳥ヶ島(ことりがしま)に遷座 跡地となりました

大洞 赤城神社(前橋市富士見町赤城山)

大洞 赤城神社(だいどう あかぎじんじゃ)は 昭和45年(1970)社殿荒廃につき 大洞から現在地に遷座しました 小沼端の豊受神社 小鳥ヶ島の厳島神社 黒檜山山頂の高於神神社をはじめ 赤城山内の各峰神社を合祀して 現在に至っています 延喜式内社 上野国 勢多郡 赤城神社(名神大)(あかきの かみのやしろ)の奥宮であろうとされています

二宮赤城神社(前橋市二之宮町)

二宮赤城神社(にのみやあかぎじんじゃ)は 第十一代垂仁天皇 第十二代景行天皇の御代に創建と伝へられる古社 貫前神社に一宮を譲った伝承を持つ 二宮の地名を冠する鎮座地は 赤城山の真南に位置し 古代 豊城入彦命を祖とする上毛野氏の本拠地゛古代上毛野゛と推定され 赤城本宮とされる三夜沢赤城神社の元宮であったとも 里宮でもあったともされ 今でも御神幸があります

赤城神社(前橋市富士見町横室)

赤城神社(あかぎじんじゃ)は 標高三百メートルの十二山(じゅうにやま)の頂上に鎮座します 南面には三百三十三段の石段を登る表参道があります 社伝によれば゛当社は延喜式内 名神大社なり゛とあり 延喜式内社 上野国 勢多郡 赤城神社(名神大)(あかきの かみのやしろ)の論社とされます

赤城神社〈三夜沢赤城神社〉(前橋市三夜沢町)

三夜沢赤城神社(みよさわ あかぎじんじゃ)は 関東平野を見渡す赤城山の南面の中腹に鎮座します 古代の毛野国を支配し 東國経営にあたった上毛野君の創祀とされ 本来は上野國の一之宮であったとする伝承があり 古くから朝廷から祭祀を受けていました 延喜式内社 上野国 勢多郡 赤城神社(名神大)(あかきの かみのやしろ)の論社です

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