国史記載社
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荒神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉
荒神社(あらがみしゃ/こうじんじゃ)は 古昔は女人禁制 境内樹木の枝葉を採ることも禁じたと伝わり 「荒神講社」を持ち飛騨一円に多くの熱心な信仰がいる「荒神さまの甘酒祭り」は世に知られ 五穀・養蚕・殖産興業に霊験あり 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)と云う
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荏名神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉
荏名神社(えなじんじゃ)は 「稻置森」と呼ばれた森に小祠があり 文化十四年(1817)国学者の田中大秀翁が考証し 式内社として再建したものです 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)の論社です
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二宮神社(船橋市三山)〈『延喜式』寒川神社・茂呂神社〉
二宮神社(にのみやじんじゃ)は 社伝によれば 創建は弘仁年間(810~823)とされます 延喜式内社 下總國千葉郡 寒川神社(さむかはの かみのやしろ)の論社とされ 又 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社ともされます
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三輪茂侶神社(流山市三輪野山)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉
三輪茂侶神社(流山市三輪野山)は 三輪野山の北側に半円形状につき出た台地の中央に鎮座します 大和三輪の大神神社を勧請したものと伝わり 以前は地名にちなみ「三輪神社」と呼ばれていました 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています
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三輪神社(吉川市三輪野江)〈『三代實録』茂侶神『延喜式』茂侶神社〉
三輪神社(みわじんじゃ)は 元和年中(1615~1623年)三輪野山の茂呂神社より そのご神体が分霊され祭られたのが 当郷の三輪の社とされます 享保三年(1718)には神祇道官領 卜部兼敬によって正一位三輪大明神の宗源宣旨を受けており 延喜式内社 下總國 葛餝郡 茂侶神社(もろの かみのやしろ)の論社となっています





