全国 一の宮(”Ichinomiya” all over Japan)

若狹姫神社 下社(小浜市)

若狹姫神社 下社は 若狭彦神社 上社と2社で一つの神社「若狭国一の宮」とされています 上社「若狭彦神社」は 和銅7年(714年)に今の遠敷郡下根来村白石に創られたと云われ 霊亀元年(715年)に現在の地に遷座しました 下社「若狭姫神社」は 上社から北1.5kmの遠敷(onifu)の里にあり 6年の後の養老5年(721年)の鎮座と伝わります

若狹彦神社 上社(小浜市)

若狹彦神社は 上社「若狭彦神社」と下社「若狭姫神社」の総称で 2つの神社で若狭国の一宮とされています 上社「若狭彦神社」は 和銅7年(714年)今の遠敷郡下根来村白石に創られたと云われ 霊亀元年(715年)に現在の地に遷座しました 下社「若狭姫神社」は 上社から北1.5kmの遠敷(onifu)の里にあり 6年の後の養老5年(721年)の鎮座と伝わります 

日光二荒山神社 本社(日光市山内)〈世界遺産「日光の社寺」〉

日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は 標高2486m霊峰「男体山(二荒山)」をご神体として 古くから日光における信仰の中心となってきました 残存する最も古い記録には 767年に勝道上人が 日光山を開基したとあり 世界遺産「日光の社寺」の一群で 日光東照宮と日光山輪王寺の中間の位置に鎮座します

近津神社(大子町下野宮)〈陸奥国一之宮 参考論社〉

下野宮近津神社は 奥久慈大子地方が陸奥國依上郷であった頃 久慈川沿いの三社〔〈上宮〉馬場都々古別神社〈中宮〉八槻都々古別神社〈下宮〉下野宮近津神社(当社)〕を゛近津三社゛と総称し〈上宮・中宮〉の都々古別神社は 陸奥国一宮で 当社〈下宮〉は「石都々古別神社」陸奥国一宮と主張します 又 式内社 常陸國 稲村神社とする説あり

都々古別神社(表郷三森 都々古山)〈『延喜式』都都古和気神社〔名神大〕〉

都々古別神社(つつこわけじんじゃ)は 馬場都々古別神社の旧蹟 日本武尊(やまとたけるのみこと)が 都々古山(つつこやま)〈別名を建鉾山(武鉾山)江戸期までは入山禁足〉に「鉾(ほこ)」を立て地主神として「味耜高彦根命」を祀った創祀の地 山頂には梵天の祠があり 山麓には当社があり 延喜式の頃には祭祀が行われていた奥院と伝

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