延喜式神名帳
-

咋岡神社(京田辺市飯岡東原)〈『延喜式』咋岡神社(鍬靫)〉
咋岡神社(くいおかじんじゃ)は 延喜式内社 山城國 綴喜郡 咋岡神社(鍬靫)(くいをかの かみのやしろ)とされ 元々は飯岡の北端で木津川と普賢寺川の合流箇所に鎮座した 木津川の氾濫により 元禄八年(1695)現在地に移され祭神に菅原道眞公が加えられ天神or天満宮と称した 明治10年(1877)今の社名に改めたと云う
-

井関三神社(たつの市揖西町中垣内)〈『延喜式』粒坐天照神社〔名神大〕〉
井関三神社(いせきさんじんじゃ)は 社伝に第十代 崇神天皇二年(BC88年)播磨国揖保郡 亀の山に天照国照彦火明櫛玉饒速日命が勅命により鎮座されたと云う 仁安元年(1166)祭神を揖保郡 亀の山の奥宮から現在の井関山へ遷座 延喜式内社 播磨国 揖保郡 粒坐天照神社〔名神大〕(いいほにます あまてらすかみのやしろ)の論社
-

竹神社(明和町斎宮)〈『延喜式』竹神社・火地神社・天香山神社〉
竹神社(たけじんじゃ)は 社伝に垂仁天皇の御宇 竹連の祖・宇加之日子の子 吉志比古が倭姫命〈皇太神を奉じて伊勢御巡幸〉に供奉して当地に子孫が定住し祖神 長白羽神を奉斎したのが始りとされる 延喜式内社 伊勢國 多氣郡 竹神社(たけの かみのやしろ)です 明治44年旧斎宮村内の23社を合祀し現在の地に移されました
-

火地神社 古社地(明和町岩内 光安寺境内)〈竹神社に合祀された火地神社 古社地〉
火地神社 古社地(ひちじんじゃ こしゃち)は 延喜式内社 伊勢國 多氣郡 火地神社(ひちの かみのやしろ)の古社地で 光安寺の裏 城山の山腹に火地神社跡があり 第12代 景行天皇の御代に創建と云う 寛文二年(1662)再興された光安寺境内に火地神社が移転し 明治40年(1907)斎宮村の竹神社に合祀されました
-

畠田神社 跡(明和町南藤原)〈『延喜式』畠田神社三座〉
畠田神社 跡(はただじんじゃあと)は 明治41年(1908)北藤原の畠田神社に合祀 その後 中村の畠田神社へ遷座しました かつて藤原村は 南藤原 中藤原 北藤原の三村に別れており 各村に産土神があり その南藤原の社地跡です 延喜式内社 伊勢國 多気郡 畠田神社三座(はたけたの かみのやしろ みくら)の跡とされます





