延喜式神名帳
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麻氐良布神社 下宮(朝倉市杷木志波)
麻氐良布神社 下宮(まてらふじんじゃ しものみや)は 『日本書紀』斉明天皇の条にある゛朝倉の社゛とされ 『日本三代実録』元慶元年(八七七)九月廿五日の条には゛眞天良布神゛と記され 『延喜式神名帳927 AD.』所載 筑前国 上座郡 麻氐良布神社(まてらふの かみのやしろ)の里宮です
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羽束師坐高御産日神社(京都市伏見区羽束師志水町)(『三代實録』羽束志神)
羽束師坐高御産日神社(はづかしにます たかみむすひじんじゃ)は 社伝によれば 創建〈雄略天皇21年丁己(477)〉と伝わり 京都でも古社となります 高皇産霊神(たかみむすひのかみ)を祀る 延喜式内社 山城國 乙訓郡 羽束師坐高御産日神社(大月次新嘗)(はつかしにますたかみむすひの かみのやしろ)です
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國常神社〈妙見宮〉(朝来市生野町円山)〈『延喜式』倭文神社〉
國常神社(くにのとこじんじや)は 北辰信仰の妙見宮(みょうけんぐう)とも呼ばれ 国常立尊(くにのとこたちのみこと)を祀ります この地は 式内社 倭文神社〈鮭の宮〉(ここから500m程の 円山川の下流)の旧鎮座地とされる 円山字鹽谷であると伝わります
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倭文神社〈鮭の宮〉(朝来市生野町円山)〈延喜式内社論社〉
倭文神社(しどりじんじゃ)は 和銅5年(712年)創建された 延喜式内社 但馬國 朝來郡 倭文神社(しとりの かみのやしろ)と伝わります 正徳3年(1713年)遷宮の時 偶然下流から鮭が遡上し 村人達は めでたい前兆として喜び〈鮭の宮〉と呼ぶようになったと伝わります
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倭文神社(伊勢崎市東上之宮町)〈上野國九之宮〉
倭文神社(しとりじんじゃ)は 第十一代 垂仁天皇の御代の創建と伝えられ 貞観元年(859)には官社に列せられています 上野国九之宮とされる 式内社 倭文神社(しとりの かみのやしろ)です 利根川北岸に鎮座し 南岸に鎮座する式内社 火雷神社(上野国八之宮 下之宮)に対して「上之宮(うえのみや)」と称されます
