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楊原神社(沼津市下香貫宮脇)〈『三代實録』楊原神『延喜式』名神大社 楊原神社〉
楊原神社(やなぎはらじんじゃ)は 社記に當社は延喜式内社 伊豆國 田方郡 楊原神社(名神大)(やなきはらの かみのやしろ)と云う 往時は大宮大明神又は香貫大明神とも称していて 往古の社地は 今の楊原(現在地の東南東約500m)でしたが永祿中 北條•武田合戰の時 社殿悉く燒失し 其後 天正年中 今の社地に遷座しました
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大朝神社(沼津市下香貫山宮前)〈『延喜式』大朝神社・白浪之彌奈阿和命神社〉
大朝神社(おほあさじんじゃ)は 楊原神社の山宮大明神とも云い 社記には 延喜式内社 伊豆國 田方郡 大朝神社(をほあさの かみのやしろ)と伝えます 又 往昔 此邊には 津浪が押上げ 田園を荒すことが多かったが 日蓮上人がこの地を過ぎる時 曼陀羅を掛けて祈り 靈驗により 津浪の害を避き 潮留大明神とも称されました
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神部社(南アルプス市寺部)〈『延喜式』神部神社〉
神部社(かんべしゃ)は 社記には 草創古代鎮座 延喜式内社 甲斐國 山梨郡 神部神社(かむへの かみのやしろ)と伝わっています 鎌倉時代に大井荘地頭の加賀美信濃守遠光が 京都石清水八幡宮を分祀勧請して八幡大神を祀り 加賀美 秋山 南部 小笠原等の氏神を称し 以来 国主武田家の歴代崇敬うけたと伝わります
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大瀬神社(沼津市西浦江梨)〈『延喜式』引手力命神社・白浪之彌奈阿和命神社〉
大瀬神社(おおせじんじゃ)は 白鳳十三年(684)大地震で 土佐国で多くの土地が海中に没し 当地では突然 盛り上がり島が誕生した 土佐国から土地を引いてきた伝説もあり その神霊(引手力命)を祀った 延喜式内社 伊豆國 田方郡 引手力命神社(ひきたちからのみことの かみのやしろ)とも 白浪之彌奈阿和命神社ともされます
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下多賀神社(熱海市下多賀)〈『延喜式』白浪之彌奈阿和命神社〉
下多賀神社(しもたがじんじゃ)は 『豆州志稿』に「多賀両村の總鎮守にして大祠也 末社四十ありしを 皆 近村に移す」とあり 近隣の崇敬を集めた由緒深い神社で もともとは多賀大社と云うと里人は伝え 延喜式内社 伊豆國 田方郡 白浪之彌奈阿和命神社(しらなみのみなあわのみことの かみのやしろ)の論社となっています





