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廣峯神社(姫路市広嶺山)〈全国にある牛頭天王の総本宮〉
廣峯神社(ひろみねじんじゃ)は 奈良時代 天平5年(733)遣唐使として中国から帰国した「吉備真備 公」は 国家の為に陰陽道(天文・暦・気象を司り、国の吉凶を見定める)を習得され 奈良へ帰途の折 広峯山系の白幣山に登臨「牛頭天王の信託を感受」する この旨を第45代聖武天皇に奏上し 翌年に廣峯神社の大社殿が造営されました
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石上神宮(天理市布留町)〈『延喜式』石上坐布留御魂神社〔名神大 月次 相嘗新嘗〕〉
石上神宮(いそのかみじんぐう)は 『古事記』『日本書紀』にも 石上神宮と記されています この当時「神宮(かみのみや)」と称されているのは 伊勢神宮と石上神宮だけです 記録の上では日本最古設立の「神宮」とされています 伊勢神宮の古名は「磯宮(いそのみや)」で「石上(いそのかみ)」とは何らかの関係があるのかもしれません
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大元神社(宇佐神宮 奥宮)
大元神社(おおもとじんじゃ)は 宇佐神宮の奥宮といわれ 神代の昔に 三柱女神の比賣大神が降臨された神山「御許山(omoto san)」の9合目に鎮座します 山頂近くには3つの巨石を祀る神籬岩があるらしく 古代の磐座信仰が当初の形態ともいわれています
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石體神社(鹿児島神宮の元宮)
石體神社(しゃくたいじんじゃ)は 遠く神代の頃 天津日高彦穂穂出見尊が 築かれた都「高千穂宮」の正殿跡と伝わります 皇后の豊玉比売命のお産の故事にあやかり 古くから安産の神として 篤い信仰があります 飛鳥時代 和同元年(708)に この地から遷座したのが 現在の鹿児島神宮と云われていて その元宮であるとされます
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大分八幡宮(飯塚市大分)
大分八幡宮(だいぶはちまんぐう)は 古代に神功皇后が三韓征伐から帰国して 当地で引率していた軍士を解隊し それぞれの故郷に返した時 その大分(オオワカレ)から大分(ダイブ)と称されるようになったと伝わります 筑前国一之宮の「筥崎宮(福岡市)」の元宮とされています
