延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

出雲神社(亀岡市本梅町)〈延喜式内社 名神大社〉

出雲神社(いずもじんじゃ)は 創建年代は不詳ですが『延喜式』(927年)所載 丹波國 出雲神社(名神大社)の論社で 境内に巨岩が磐座として祀られ 最古の祭祀形態を現存させます かつては磐座横に出雲大明神の祠が祀られたが 昭和3年(1928)現在の社殿・鳥居・石段などが整備され 磐座の横の祠から遷座したと伝わります

健男霜凝日子神社 里宮〈神幸所〉(竹田市神原)

健男霜凝日子神社 里宮〈神幸所〉は もともとは 祖母山の神・山頂の上宮・遥拝所の下宮・穴森神社の神幸所でした 國幣小社への昇格の為 昭和9年(1934)相応規模の社殿が建築され とても立派な里宮の形式をとっています 終戦により計画は中断し 神幸所として現用されています

穴森神社(竹田市神原)

穴森神社(あなもりじんじゃ)は かつて神池があり その池底にあった岩窟をご神体としています 姥嶽大明神(祖母山)の化身である大蛇が住んでいたとされた岩窟からは 元禄16年(1703)大蛇の骨が発見され 藩命で宝永2年(1705)現在の岩穴に神体として祀ったと伝わります 『平家物語』には 岩窟〈穴森神社〉に住んでいた大蛇 姥嶽大明神(大蛇)と華御本姫(はなのおもとひめ)との神婚伝説(神と人との婚姻説)が記されています

健男霜凝日子神社 下宮(竹田市神原)

健男霜凝日子神社 下宮(たけおしもこりひこじんじゃ げくう)は 上宮が鎮座する「祖母山(ソボサン)山頂」と対面する山の南面の中腹に鎮座しています 参拝には 山麓から約240段の石段を上ります すると山肌に巨大な岩窟があり その岩窟中に社殿が建っています 第36代 孝徳天皇 白雉2年(650)当所に社殿を建立し 下宮と称し遥拝所とされたと伝わります 延喜式内社の論社です

能登部神社(中能登町能登部上)

能登部神社(のとべじんじゃ)は 『延喜式神名帳』(927年12月編纂)所載の論社 祭神は 第10代 崇神天皇の皇子 大入杵命(オホイリキノミコト) 同じく能登部に鎮座する能登比咩神社には 妹の皇女 沼名木入比咩命(ヌナキイリヒメノミコト)が祀られていて 往古この地は 能登部兄村妹村と称され 両村の神社も 兄宮 妹宮とも 上宮 下宮とも称します ここ上宮は 加賀藩 初代藩主 前田利家公が深く崇拝し「兄宮の神域を侵すべからず」と掟書を記した高札を与えたと伝わります

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