延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)

讃岐国 式内社 24座(大3座・小21座)について

讃岐国(さぬきのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 讃岐国 24座(大3座・小21座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

若狭國 式内社 42座(大3座・小39座)について

若狭国(わかさのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 若狭国には 42座(大3座・小39座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

出羽國 式内社 9座(大2座・小7座)について

出羽国(でわのくに)の式内社とは 平安時代中期〈927年12月〉に朝廷により編纂された『延喜式神名帳(Engishiki Jimmeicho)』に所載される当時の官社です 出羽国には 9座(大2座・小7座)の神々が坐します 現在の論社を掲載しています

西寒田神社(臼杵市野津町西寒田)

西寒田神社(ささむたじんじゃ)は 『延喜式神名帳927 AD.』所載の式内社「豊後国大分郡 西寒多神社」の論社です・『豊後国志』・『太宰管内志』では こちらが本祠であって 応永15年(1408)3月に大友親世が現在地〈西寒多神社(大分市寒田)〉に遷座したと伝えています

西寒多神社(豊後大野市犬飼町)

西寒多神社(ささむたじんじゃ)は 社伝によれば『延喜式神名帳927 AD.』所載の豊後國 大野郡一座大 西寒多神社であり 文化九年(一八一二) 白川神紙伯の「鎮國一宮 西寒田神社」の社号をうけていると伝えています 式内社の論社でもあり 豊後国一之宮の論社でもあります

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