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横見神社(吉見町久保田)〈『延喜式』横見神社〉

横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝によれば 建長年間(1249~56)の大洪水の際 飯玉明神社〈現 横見神社(吉見町御所)〉の御神体が窪田村(当時)に漂着し 貴い神の来臨と捉え 愛宕社の社地〈当地〉にお祀りしたものと伝えます 故に延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社ともされています

横見神社(吉見町御所)〈『延喜式』横見神社〉

横見神社(よこみじんじゃ)は 社伝に創建は和銅年間(708~715年)・平安時代末~中世には吉見氏の居館゛吉見の御所゛があり゛御所゛が地名となった 中世~有力農民層の管理に移り〈穀霊信仰により〉飯玉氷川明神社と社号改称 その後 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社として社号を戻したとある

氷川神社(吉見町上細谷)〈『延喜式』横見神社〉

氷川神社(ひかわじんじゃ)は 細谷郷〈細長い谷という意から名付けられた郷〉の惣鎮守 飯玉氷川神社〈式内社に比定される横見神社〉から分霊を受けたものと思われますが 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社とする説もあります

吉見神社(熊谷市相上)〈『延喜式』横見神社〉

吉見神社(よしみじんじゃ)は 景行天皇56年 東国統治を命じられて善政をしいたとされる御諸別王(みもろわけのみこ)が 天照大神を祀ったのが創基とされ 以来 御諸別王の子孫が代々神主として奉仕しています 現在は大里郡に鎮座しますが 延喜式内社 武蔵國 横見郡 横見神社(よこみの かみのやしろ)の論社ともされています

阿豆佐味天神社(瑞穂町殿ヶ谷宮前)〈延喜式内社〉

阿豆佐味天神社(あづさみてんじんしゃ)は 延喜式内社 武蔵國 多磨郡 阿豆佐味天神社(あつさみの あまつかみのやしろ)とされます 創建は不詳ですが 口碑に 寛平4年(892)桓武平氏の祖・上総介高望王の造営と伝わり その子孫 村山党〈多磨郡村山郷の武士団〉の氏神〈殿ヶ谷の地名は 村山党の居館があったことに由来〉

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