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赤城神社(前橋市富士見町横室)

赤城神社(あかぎじんじゃ)は 標高三百メートルの十二山(じゅうにやま)の頂上に鎮座します 南面には三百三十三段の石段を登る表参道があります 社伝によれば゛当社は延喜式内 名神大社なり゛とあり 延喜式内社 上野国 勢多郡 赤城神社(名神大)(あかきの かみのやしろ)の論社とされます

赤城神社〈三夜沢赤城神社〉(前橋市三夜沢町)

三夜沢赤城神社(みよさわ あかぎじんじゃ)は 関東平野を見渡す赤城山の南面の中腹に鎮座します 古代の毛野国を支配し 東國経営にあたった上毛野君の創祀とされ 本来は上野國の一之宮であったとする伝承があり 古くから朝廷から祭祀を受けていました 延喜式内社 上野国 勢多郡 赤城神社(名神大)(あかきの かみのやしろ)の論社です

国渭地祇神社(坂戸市森戸)

国渭地祇神社(くにいちぎじんじゃ)は 社記には 延暦年中(782~806年) 坂上田村麻呂が東征の帰途 報賽のため社殿を再営し 下って奥州藤原秀衡が再建したと伝えている 社地から鎌倉期と思われる古瓦が出土していること等から 延喜式内社 入間郡 國渭地祇社(くにゐちきの かみのやしろ)の論社にもなっています

北野天神社(所沢市小手指元町)〈正式名称゛物部天神社 國渭地祇神社 天満天神社゛〉

北野天神社(きたのてんじんしゃ)は 三社を合殿に祀る総称で 正式名称は゛物部天神社・國渭地祇神社・天満天神社゛です 元々は 日本武尊が祀ったと伝わる入間郡の式内社 物部天神社とされ さらに国渭地祇神社を(一説には出雲祝神社も)合祀すると云う 長徳元年(995)京都より北野天神を勧請し 坂東第一北野天神と称しました

川越氷川神社(川越市宮下町)

川越氷川神社(かわごえ ひかわじんじゃ)は 創建について 元禄九年棟札・正徳縁起に 欽明天皇 即位二年(521)辛酉九月十五日 武蔵国 足立郡 氷川神社を分祀奉斎したと伝える古社です 一説に゛氷川の神゛〈出雲神〉を祀る 延喜式内社 武蔵國 入間郡 出雲伊波比神社(いつもの いはひの かみのやしろ)とも伝わります

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