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多理比理神社〈吉備津神社 境内〉(福山市新市町)
多理比理神社(たりひりじんじゃ)は 一説に もとは品治郡服部村大字服部本郷に鎭座していたが 何時の頃か社が荒廃し 吉備津神社の境内に移された また一説に 多理比理神社が 品治郡宮内村に当初より鎭座していて 後に分祠であった吉備津神社が備後一宮として移されたとする説もあります 『延喜式神名帳』には 多理比理神社は記載があり 備後吉備津神社は記載がありません
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吉備津神社(福山市新市町)〈備後一宮〉
吉備津神社(きびつじんじゃ)は 神秘的な正中光〈ご神体〈御鏡〉が朝日を反射して 参道の正中を貫く現象〉が 年に二度〈2月と9月〉おこります 創建は 大同元年(806年)と古く 備後國一之宮として 一宮(いっきゅう)さんと呼ばれ親しまれています
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吉備津彦神社(岡山市備前一宮)
吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)は 備前国一之宮で 備前国と備中国の境界ある吉備の中山(標高175m)の北東麓に東面して坐ます 太古の太陽信仰の形を留める場とされ 夏至の日に正面鳥居から差し込んだ朝陽が 祭文殿の御鏡に入る造りで 太陽を真正面から迎え鎮座するので朝日の宮(あさひのみや)とも称されます
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吉川八幡宮(吉備中央町吉川)
吉川八幡宮(よしかわはちまんぐう)は 永長元年(1096)京都 石清水八幡宮の別宮として創建と伝わり その後 慶長年中(1596~1615年)に断絶したが 後光明天皇 寛永21年(1664)に寄付の記録があります 『備中誌』に 吉川村の村内に布郡(ふこほり)と呼ばれる地名があり ここが式内社 古郡神社(ふるこほりの かみのやしろ)の所在ではないかと記しています
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古郡神社(総社市総社)& 古郡神社々跡
古郡神社(ふるこおりじんじゃ)は 創建年代は不詳 正長元年(1428)の大風により倒壊し 久米村御崎神社に合祀奉遷された 嘉永四年(1851)足守藩木下利成の援助により 西山の旧社地に社殿を造営し再興された 明治初期造営の社殿は倒壊していて 現在は 小祠と古郡神社々跡の石碑が残ります
