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御田八幡神社(港区三田)
御田八幡神社(みたはちまんじんじゃ)は 社伝によれば 和銅二年(709)東国鎮護の神として 白金三田 界隈に鎮祀 その後 1011年〈三田八幡宮 古跡石碑〉に遷座し 寛永五年(1628)現在地に鎮座したとあり 古くは稗田神社とも云われたと伝わり 延喜式内社 武蔵国 荏原郡 薭田神社(ひえたの かみのやしろ)の論社となっています
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薭田神社(大田区蒲田)
薭田神社(ひえだじんじゃ)は 社伝によると和銅2年(709)僧行基が天照・八幡・春日の三体神を造り本社に安置し その後 弘安5年(1282)この三体は日蓮によって開眼されたと伝わっています 『延喜式神名帳927 AD.』所載 武蔵国 荏原郡 薭田神社(ひえたの かみのやしろ)の論社とされています
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生根神社(大阪市住吉区住吉)〈『延喜式』生根神社〉
生根神社(いくねじんじゃ)は 創建年代は不詳ですが 社伝では「住吉大社が当地に御鎮座の以前より奉祀せられて居り 古伝によれば少彦名命は造酒の祖神であり 神功皇后も当社で酒を造り住吉三神に献ぜられた」とあり 『延喜式神名帳927 AD.』所載 摂津國 住吉郡 生根神社(大月次新嘗)(いくねの かみのやしろ)とされています
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丹生官省符神社(九度山町慈尊院)〈弘仁七年(816) 弘法大師(空海)創建の社〉
丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)は 一宮~四宮は 北の方宮の橋といふ地にあったが 天文年中(1532~)の洪水により 慈尊院に遷座した 此の時 三社宮も遷座して神通寺七社明神となる 近代には丹生七社大明神 丹生神社と呼ばれ 昭和21年(1946)現在の社号となっています 或説に 式内社 小田神社とも云われます
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小田神社(橋本市高野口町小田)〈延喜式内社〉
小田神社(おだじんじゃ)は 1400年前の建立 神領も多く朝野ともに尊敬深かった 延喜式内社 紀伊国 伊都郡 小田神社(をたの かみのやしろ)と伝えます 数々の兵乱で社地も衰廃 祠は焼失したが 紀伊藩主 徳川頼宣公が元和年間(1615~24)旧本殿跡に石の宝殿を建て「小田神社」と刻し ご神体として後世に伝えたものです
