-

和奈佐意冨曽神社(海部郡海陽町大里松原)〈延喜式内社〉
和奈佐意冨曽神社(わなさおうそじんじゃ)は 旧鎮座地の鞆浦の大宮山から 慶長九年(1605)大里松原の地〈本宮〉大里八幡神社(海部郡海陽町大里松原)に遷座し 延喜式内社 阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)の神名を伝えるため 明治時代に里人によって 八幡神社から中宮として遷座したものです
-

大里八幡神社(海部郡海陽町大里松原)〈延喜式内社〉
大里八幡神社(おおさとはちまんじんじゃ)は 日本の「白砂青松百選」に選ばれた全長4kmにも及ぶ大里松原海岸に鎮座します 延喜式内社 阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)で 旧鎮座地は 鞆浦の大宮山で 慶長九年(1604)大里松原海岸に遷座し 明治時代まで鎮座したと伝わります
-

星宮社〈境内 式内社 上知我麻神社・下知我麻神社〉(名古屋市南区本星崎町宮西)
星宮社(ほしのみやしゃ)は 社説に創始は 舒明天皇(629~641年)頃 七星が天から降り 神託により当地〈往古の千竃郷〉に社を建てたと云う これが 宮簀媛命の父・母を祭神とする今の境内社゛上・下知我麻神社゛で 熱田神宮内の両社も もとはここにあったと云う 星宮社は 星崎城築城の時 この地に移したとも伝わります
-

上知我麻神社(名古屋市熱田区神宮)〈昭和24年(1949)熱田神宮の境内に遷座〉
上知我麻神社(かみちかまじんじゃ)は もとは「源太夫社」と称し ここから200メートル程南に鎮座していましたが区画整理によって 昭和24年(1949)熱田神宮境内に遷座しました 祭神は尾張國造 乎止與命(おとよのみこと)を祀る 延喜式内社 東海道 尾張國 愛智郡 上知我麻神社(かむつ ちかまの かみのやしろ)とされます
-

下知我麻神社(名古屋市熱田区神宮)〈延喜式内社・熱田神宮境内摂社〉
下知我麻神社(しもちかまじんじゃ)は 祭神 眞敷刀俾尊(ましきとべのみこと)は 宮簀媛命(みやずひめのみこと)の母神にあたり 俗に「紀太夫社」(きだゆうしゃ)と称され 鎮座地も古くから この地であったと伝わります 延喜式内社 東海道 尾張國 愛智郡 下知我麻神社(しもつちかまの かみのやしろ)とされます





