大國玉神社(松阪市六根町)〈『延喜式』大國玉神社〉

大国玉神社(おおくにたまじんじゃ)は 近世には御薗神社と称し近郷の氏神として人々の崇敬を集めていました 明治以降 延喜式内社 伊勢國 度會郡 大國玉神社(おほくにたまの かみのやしろ)とする説が有力視され 明治16年(1883)社名を御薗神社より大國玉神社に変更しています

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元宮天神社(磐田市見付)〈見付天神 矢奈比賣神社の元宮〉〈『延喜式』矢奈比賣神社〉

元宮天神社(もとみやてんじんしゃ)は 延喜式内社 遠江國 磐田郡 矢奈比賣神社(やなひめの かみのやしろ)の元宮〈古社地〉とされ通称「元天神」と呼びます 見付天神 矢奈比賣神社へ遷座は いつの時代かは不明ですが 元天神町という町名もこれに由来します 天下の奇祭「裸祭り」の最初の神事「祭事始」はこの地から始ります

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矢奈比賣神社(磐田市見付)〈『續日本後紀』矢奈比賣天神『三代實録』矢奈賣神〉

見付天神 矢奈比賣神社(みつけてんじん やなひめじんじゃ)は 六国史『續日本後紀』矢奈比賣天神・『三代實録』矢奈賣神に神階の奉授が記され 『延喜式』では 遠江國 磐田郡 矢奈比賣神社(やなひめの かみのやしろ)とされる古社です 元々は 元天神の地に鎮座しましたが いつの頃か 現在地に遷座と伝わります

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岩田神社(磐田市匂坂中)〈『延喜式』入見神社〉

岩田神社(いわたじんじゃ)は 宝亀二年(771)二月 第四十九代 光仁天皇の御代 出雲国杵築宮より大国主命を勧請し 入見神社と称し奉る 以所は 当国引馬原の東に岩田ヶ原柚子ヶ浦入海があり 伊留美(イルミ)と呼び 故に入見神社と称した 延喜式内社 遠江國 磐田郡 入見神社(いるみの かみのやしろ)とされます

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府八幡宮(磐田市中泉)〈『延喜式』入見神社・御祖神社・須波若御子神社〉

府八幡宮(磐田市中泉)は 天武天皇(673~686)の曾孫 桜井王が遠江の国に国司として着任した時 国府の庁内に勧請されたものと伝えらます 三つの式内社〈①入見神社(いるみの かみのやしろ)②御祖神社(みをやの かみのやしろ)③須波若御子神社(すはわかみこの かみのやしろ)〉の論社となっています

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賀茂神社(磐田市加茂)〈『延喜式』御祖神社〉

賀茂神社(かもじんじゃ)は 加茂東の氏神で 養和元年(1181)に京都の賀茂神社(上賀茂神社 下鴨神社)から勧請されたと伝えられています 一説には延喜式内社 遠江國 磐田郡 御祖神社(みをやの かみのやしろ)の論社ともされます 大祭の神饌物やその作り方は古式のしきたりが伝承された特殊神饌で市指定無形民俗文化財です

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〈生雷命神社 旧跡〉雷塚跡地(磐田市見付)〈見付天神 矢奈比賣神社の境内〉

〈生雷命神社 旧跡〉雷塚跡地(かみなりづかあとち)は 天神山〈見付天神 矢奈比賣神社の鎭座地〉にあります この場所には石積みがあり 延喜式内社 遠江國 磐田郡 生雷命神社(いくいかつちのみことの かみのやしろ)の旧跡と伝えられ 地主神が祀られる雷塚と呼ばれています

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雷三神社(磐田市見付)〈『延喜式』・豊雷命神社・豊雷賣命神社・生雷命神社〉

雷三神社(らいさんじんじゃ)は 遠江國 磐田郡の三つの延喜式内社〈・豊雷命神社(とよいかつちのみことの かみのやしろ)・豊雷賣命神社(とよいかつちひめのみことの かみのやしろ)・生雷命神社(いくいかつちのみことの かみのやしろ)〉が合祀されて 雷三神社と呼ばれ 現在は淡海国玉神社の飛地境内神社です

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天御子神社(磐田市見付)〈『延喜式』天御子神社二座〉

天御子神社(あまみこじんじゃ)は 延喜式内社 遠江國 磐田郡 天御子神社二座(あめのみこの かみのやしろ ふたくら)です 社伝によれば「一条天皇の正暦2年(991)勅を奉じて天下泰平五穀豐熟の為 舞車の神事を執行 故に舞車神社とも称す 中古牛頭天王と称し奉る」とあります 明治12年7月に郷社に列しました

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〈遠江国総社〉淡海國玉神社(磐田市見付)〈『延喜式』淡海國玉神社〉

淡海國玉神社(おうみくにたまじんじゃ)は 延喜式内社 遠江國 磐田郡 淡海國玉神社(あはうみの くにたまの かみのやしろ)とされます 見附は國府であり 遠江国総社でした 一説には『三代實録』貞観七年五月八日の条にある゛淡海石井ノ神゛であると云い 見付の南に今浦と云う湖があった地から遷座したと伝わります

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