住吉 大鳥 両大社 宿院頓宮 (住吉大社・大鳥大社 両大社の御旅所)

住吉 大鳥 両大社宿院頓宮(sumiyoshi ohotori ryotaisha shukuintongu)は 摂津国一之宮「住吉大社」と和泉国一之宮「大鳥神社」の両大社(両社ともに 一之宮)の御旅所とされています 1つの社殿に・住吉大社に所縁のある「波除住吉神社」・大鳥大社に所縁のある「大鳥井瀬神社」が 両大社に所縁ある神社として祀られています 境内の飯匙堀(iigaibori)は 水のない空堀ですが 住吉大社の神功皇后にまつわる伝説などがあります 

目次

1.ご紹介(Introduction)

 この神社の正式名称や呼ばれ方 現在の住所と地図 祀られている神様や神社の歴史について ご紹介します

【神社名(shrine name)】

   住吉 大鳥 両大社 宿院頓宮
 (sumiyoshi ohotori ryotaisha shukuintongu)
 (すみよし おほとり りょうたいしゃ しゅくいんとんぐう)

 [通称名(Common name)]

 宿院頓宮(shukuintongu) 

【鎮座地 (location) 】

大阪府堺市堺区宿院町東2丁1-6

 [地 図 (Google Map)]

【御祭神 (God's name to pray)】

住吉大社の御旅所
《主》住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命・息長足姫命)

大鳥井瀬神社【和泉國大鳥郡 大鳥井瀬神社】
《主》弟橘姫命(ototachibana hime no mikoto)日本武尊の妃

【御神格 (God's great power)】

・商売繁盛 Wishing business prosperity
・家内安全 Safe and comfortable home life
・初宮詣  Baby prays at shrine for the first time
・安産祈願 Healthy childbirth
・交通安全 Pray for Traffic safety
・入試合格 Pass the entrance examination
・病気平癒 God cures the disease
・厄払祈願 Prayer at an age considered a milestone in life
・等 etc

【格 式 (Rules of dignity) 】

住吉大社の御旅所
・大鳥大社の御旅所
・『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』所載社
大鳥五社大明神

【創 建 (Beginning of history)】

三韓を平定され凱旋された神功皇后が お休みした場所がお旅所(宿院頓宮)となり お告げによって住吉の神を祀る住吉大社も建てられます
それが 住吉大社と宿院頓宮を行き来する「御渡り」の始りとされています

【由 緒 (history)】

宿院頓宮(しゅくいんとんぐう)

当宮は、住吉大社御祭神の住吉大神・神功皇后と大鳥大社御祭神の日本武尊、大鳥連祖神を祀っています。

境内に、飯匙堀(いいがいぼり)という堀があります。
この堀は「潮千珠」を埋めたところで、どんなに雨が降っても水が溜まらないという伝説があります。

「堺鑑(さかいかがみ)」に「此の地は 住吉明神 毎年6月晦日の御祓御旅所也」とあり、現在では7月31日に大鳥大社から、8月1日に住吉大社から、神輿を迎えて祭礼が行われます。

住吉大社の神輿が渡る8月1日、飯匙堀では、摂津・河内・泉三国の大祭として知られた「荒和大祓神事(あらにごのおおはらいしんじ)」が執り行われます。

堺の夏の風物詩「大魚夜市」は、7月31日に漁師達が神前に数々の鮮魚を献じて、その年の大漁や航海の安全等を祈願し、併せて魚を浜辺で販売したのが始まりとされています

案内板より

【境内社 (Other deities within the precincts)】

飯匙堀(いいがいぼり)

海幸山幸神話の彦火火出見尊が 海神よりいただいた
潮満珠(しおみつたま)潮干珠(しおひるたま)を埋めた処と云い伝えられ、一年中、空堀である。

堀の形が飯匙に似ていることから飯匙堀(いいがいぼり)と名付けられたと云う。
夏祭りにはこの堀で、荒和大祓神事が執り行われる。

兜(かぶと)神社 旧蹟碑

神功皇后御帰陣の砌、甲を神に祝い奉りし処と「堺鑑」は云う。
同社は明治41年開口神社(あぐちじんじゃ)に合祀された。

住吉大社 宿院頓宮 公式HPより

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この神社の予備知識(Preliminary knowledge of this shrine)

この神社は 由緒(格式ある歴史)を持っています 

『延喜式神名帳(engishiki jimmeicho)』(927年12月編纂)といって 平安時代中期に朝廷が作成した全50巻の律令格式の巻物の中でも重要視されている2巻です 内容は 今から約1100年前の全国の官社(式内社)一覧表で「2861社」の名称とそこに鎮座する神の数 天神地祇=「3132座」が所載されています

【延喜式神名帳】(engishiki jimmeicho)The shrine record was completed in December 927 AD.

[旧 行政区分](Old administrative district)
(神様の鎮座数)畿内658座…大(預月次新嘗)231(うち預相嘗71)小427
[旧 国 名 ](old county name)
(神様の鎮座数)和泉国 62座(大1座・小61座)
[旧 郡 名 ](old region name)
(神様の鎮座数)大鳥郡 24座(大1座・小23座)

[名神大 大 小] 式内小社 鍬(suki)

[旧 神社名 ] 大鳥井瀬神社

[ふ り が な  ](おほとりのいせの かみのやしろ)
[How to read ](ohotorino iseno kamino yashiro) 

https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000004146&ID=M2014101719562090086&TYPE=&NO=画像利用
国立国会図書館デジタルコレクション 延喜式 刊本(跋刊)[旧蔵者]紅葉山文庫

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【オタッキーポイント】(Points selected by Japanese Otaku)
あなたが この神社に興味が湧くような予備知識をオタク視点でご紹介します

「摂津国 住吉大社」「和泉国 大鳥大社」二つの国の大社の御旅所となっています

「頓宮」とは 一時的な仮宮を意味します この意から 神輿巡行の際に 休憩を取る処を「御旅所」と呼びます

この宿院頓宮も御旅所として 現在 摂津国一之宮「住吉大社」と和泉国一之宮「大鳥神社」の両大社の御旅所とされています

それぞれに所縁のある神社「波除住吉神社」と「大鳥井瀬神社」が1つの社殿に祀られています

摂津国 住吉大社の御旅所

当地は 往古から摂津の国一之宮 住吉大社の御旅所(otabisho)でした

波除住吉神社と称して堺港護岸の北波止 現在も「波除住吉神社址」の石碑が建ちます場所から 
明治39年(1906)の「神社合祀令」の影響から 明治41年(1908)9月 移転許可を受け 大正10年(1921)11月 住吉の境外末社として当地に遷座

和泉国 大鳥大社の御旅所

大鳥井瀬神社は 大鳥郡八田荘村大字堀上大明神山に鎮座していました

明治31年に大鳥大社に遷座し 大正11年に宿院にあるお旅所に遷座し 今日に至ります

それ以来2社の御祭神「住吉四柱大神」と「弟橘姫命」をお祀りしています
毎年7月31日に大鳥大社からの御渡り
毎年8月 1日に住吉大社からの御渡り 

飯匙堀(iigaibori)での荒和大祓神事が行われます

住吉・大鳥 両大社の御旅所

当地は 往古から摂津の国一之宮、住吉の御旅所(おたびしょ)であった。

「堺鑑云此地(宿院)は 住吉明神 毎年6月晦日の御払御旅所也。」
と『住吉松葉大記』は「堺鑑」を引用している。

寛政7年(1795)刊行の『住吉名勝図会』にも同様の文言があり「堺宿院之図」を載せている

その府瞰図(ふがんず)を見ると、石の大鳥居、小鳥居を経て、中央に神輿舎があり、南の方に飯匙堀と甲之社の小祠、東の方に名越の岡(なごしのおか)があり、丘の上に舳松社(へのまつしゃ)と如意社(にょいしゃ)が併祀されている。
広さは「東西84間 南北60間」とあり、広大な神域であったことが分かる。

住吉文書の「社務日誌」に、
「此の年より大鳥神社宿院に神幸す」と明治8年(1875)8月1日付で記されており、この時から住吉・大鳥両社の御旅所となった。

堺の住吉大社 と 大鳥井瀬(おおとりいせ)神社

堺の住吉大社の沿革は、住吉文書及び記録によると、
文化13年(1816)年5月住吉から 堺の吾妻橋通りの新地へ、港内の風浪和静ならんことを祝って、御分霊を歓請したのが始まりで、

萬延元年(1860)、波除住吉神社と称して堺港護岸の北波止にお遷しされた。
同所は、対岸に燈台があり、出で入る舟を見守るに相応しいところで、現在も大正11年(1922)に建立された「波除住吉神社址」の石碑がある。

明治39年(1906)の「神社合祀令」の影響なのだろうか、明治41年(1908)9月の移転許可を受けて、大正10年(1921)の11月、住吉の境外末社として遷座されたのである。

 大鳥の摂社、
大鳥井瀬神社も同時期同様に当地に遷座された様で、当時の設計図に「右方大鳥」とあり、同じ建築様式の二社殿が西向きに併祀されていた。

元の鎮座地は、石津川の東、八田荘堀上大明神山と云う。御祭神は、住吉四柱大神と弟橘姫命である。

御社殿は昭和20年7月戦災で炎上したが、同24年に兵庫の廣田神社の御用材を以て再建され相殿となった。

その後50年を経て再び地元堺の人々に依って 平成11年の秋、ご本殿修復の御造営並びに奉告祭が斎行された。

住吉大社 宿院頓宮 公式HPより

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大鳥五社(otori gosha)について

大鳥五社大明神とも呼ばれ いずれも和泉国大鳥郡(大阪府堺市周辺)の式内社で「大鳥(otori)」を冠する五つの神社の総称です
大鳥大社の御祭神「日本武尊(yamato takeru no mikoto)」を中核として 境内外の摂社で構成されます 残る4社の内 3社では「日本武尊の妃神を一柱ずつ奉斎」1社では祖神「天照大神」を祀ります

※それぞれの神社の記事をご覧ください

大鳥大社   【和泉國大鳥郡 大鳥神社 名神大 月次新嘗】
《主》日本武尊(yamato takeru no mikoto)

➁大鳥美波比神社【和泉國大鳥郡 大鳥美波比神社】【和泉國大鳥郡 押別神社】
《主》天照大神(amaterasu okami)

大鳥北濱神社 【和泉國大鳥郡 大鳥神社 鍬靫】
《主》吉備穴戸武媛命(kibino anatotake hime no mikoto:日本武尊の妃)

大鳥羽衣濱神社【和泉國大鳥郡 大鳥濱神社 鍬】
《主》両道入媛命(futajino irihime no mikoto:日本武尊の妃)

大鳥井瀬神社【和泉國大鳥郡 大鳥井瀬神社】
《主》弟橘姫命(ototachibana hime no mikoto:日本武尊の妃)

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神社にお詣り(Pray at the shrine)

この神社にご参拝した時の様子をご紹介します

宿院駅から 約200m 徒歩4分程度
大道筋とフェニックス通りの宿院交差点 南東にあります

住吉 大鳥 両大社 宿院頓宮
 (sumiyoshi ohotori ryotaisha shukuintongu)に到着

境内入口の鳥居は フェニックス通りに面して北東向きに建っています

扁額には「宿院頓宮」とあります

一礼して鳥居をくぐると 右側に朱に塗られた手水舎があります
清めます

手水鉢の水受けに 神紋が2つ刻まれています
「丸に大の文字」「丸に二の文字」2つの大社と関係があるのだろうか?

正面左側(南東側)には 北西向きに社殿が建っています 手前が社務所てず

ややうつむき加減の少し風貌(ほっぺが膨らんで見えます)の変わった 狛犬が坐ます

拝殿にすすみます
賽銭をおさめ お祈りです
ご神威に添い給うよう願いながら礼 鎮まる御祭神に届かんと かん高い柏手を打ち 両手を合わせ祈ります

拝殿横に絵馬と奉献酒が並びます

境内の隅に「兜神社舊蹟」と刻まれた石碑があります
「兜神社」は 神功皇后の三韓征伐の凱旋帰途に 兜を納めたと伝えられる神社です
宿院町に鎮座し「八幡神・神功皇后・玉依姫」を祀っていましたが遷座し 現在は 開口神社(堺区甲斐町東)に合祀されています

境内の北西側に住吉大社の御旅所とされる「飯匙堀(iigaibori)」があります

 

飯匙堀の中には岩があり、注連縄が掛けられています

境内を後にします 振り返り一礼

神社の伝承(Old tales handed down to shrines)

この神社にかかわる故事や記載されている文献などをご紹介します

宿院頓宮(shukuintongu)の飯匙堀(iigaibori)について

境内にある飯匙堀(iigaibori)は 形が“しゃもじ”に似ているところから その名が付けられた伝わります しかし“堀”は 実際には 水のない空堀で これが 住吉大社にまつわる伝承となっています

この伝承は『記紀神話』にある「海幸山幸(umisachi yamasachi)」山幸彦(弟)と海幸彦(兄)の伝説に由来しています

山幸彦(弟)「彦火火出見尊」が 豊玉姫と結ばれて 姫の父神「海神」から潮満珠・潮干珠を授かります 
その後 彦火火出見尊が この2つの珠を埋めたとされる場所があり

・潮干珠を埋めた場所が飯匙堀とされ 

そのため この堀にはたとえ大雨が降ろうとも全く水が溜まることがないと言われています

・潮満珠を埋めた場所が 住吉大社の北にある玉出島

現在の住吉大社摂社「大海神社」前にある「玉の井」が比定されていて 潮盈珠は大海神社に納められているとのこと

飯匙堀(iigaibori)には 神功皇后伝説もあります

 

 飯匙堀の記

此の飯匙堀は住吉大神の御神徳を仰ぎ奉ると共に堺市の歴史を萬代に物語るものなり
抑住吉皇大神は 伊邪那岐大神が日向の橘小門にて禊し給ひし時に生れませる大神にして

我が国民に 清く明き心を以て 事に当るべきことを教え給ひ
神功皇后 三韓御親征に当たつては 終始皇軍を守らせ給ひ

御凱旋の時皇后は この飯匙堀にて禊祓を行はせられ 皇国の彌榮を祈り給へりと
されば 今に住吉神社の特殊神事たる南祭を御祓祭と称し この処にて大祓の式を行はせらるゝなり

斯る由緒深き霊域の昔ながらに存するは 大神の御神威にして歴史を重んする堺市民の誇なり

昭和11年7七月奉納 卯の日座主 吉村伊三郎 別所春堂謹書

境内石板より

『大鳥太神宮 并 神鳳寺縁起帳』に記される伝承

現在の「大鳥羽衣濱神社(otori hagoromohama shrine)」が
   「大鳥濱社(otori hama no yashiro)」と記されています

【原文】『大鳥太神宮并神鳳寺縁起帳』(作成年)延喜22年 写本 [旧蔵者]編修地志備用典籍
国立公文書館デジタルアーカイブ https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000040485&ID=&TYPE=&NO=画像利用

摂津国一之宮「住吉大社」と和泉国一之宮「大鳥神社」の両大社の御旅所とされ それぞれに所縁のある神社「波除住吉神社」と「大鳥井瀬神社」が1つの社殿に祀られています

住吉 大鳥 両大社 宿院頓宮
(sumiyoshi ohotori ryotaisha shukuintongu)に「拝 (hai)」(90度のお辞儀)

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