徳島県
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八幡神社(美馬市脇町大字猪尻)〈『延喜式』伊射奈美神社〉
八幡神社(はちまんじんじゃ)は 延喜式内社 阿波國美馬郡 伊射奈美神社(いさなみの かみのやしろ)の論社です 古い町並みを残す脇町の高台に鎮座し 「上野の八幡さん」として知られています 天文2年(1533)の洪水で土佐国から流れ着いた八幡神を 脇城主武田信顕が祀ったのが始まりとされます
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伊射奈美神社(美馬市穴吹町三島舞中島)〈延喜式内社〉
伊射奈美神社(いざなみじんじゃ)は 延喜式内社 阿波國美馬郡 伊射奈美神社(いさなみの かみのやしろ)の論社です 吉野川と妙蓮川に挟まれた舞中島の 竹林に囲まれた小高い森に鎮座し 土地の人々から「十二社はん」と呼ばれてきました 応永3年(1396)の棟札は穴吹町最古とされ 昭和に現在の社名へ改められました
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宮倉神社(阿南市羽ノ浦町西春日野)〈式内社 和耶神社の参考論社〉
宮倉神社(みやくらじんじゃ)は 創立年代不詳なれど この地宮倉は古くより開け 中央政権に送る穀物を一時保管するところの倉を設けてあるところから宮倉地名の起こりのようです 此地の山中腹(羽ノ浦町宮倉)に鎮座していましたが 宅地開発にともない移転せざるを選なくなり 平成十年(1998)五月二十一日の現在地に再建されています
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羽浦神社(阿南市羽ノ浦町中庄千田池)〈二つの式内社・和耶神社・和奈佐意富曽神社〉
羽浦神社(はうらじんじゃ)は 明治四十三年(1890)阿波國 那賀郡の延喜式内社の二つの論社〈・和耶神社(わやの かみのやしろ)・和奈佐意富曽神社(わなさおふその かみのやしろ)〉を含んだ 旧中庄村 旧宮倉村に祀られていた23社の神社が合祀されました この時 村社 八幡神社から羽浦神社と改称し 式内論社となりました
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蛭子神社(那賀郡那賀町和食字町)〈延喜式内社論社〉
蛭子神社(ひるこじんじゃ)は 御創立は古く不詳であるが 太龍寺縁起によれば「天長二年空海奉遷宮」とあり また延喜式神名帳に所載の阿波國 那賀郡 和奈佐意富曽神社(わなさ おふその かみのやしろ)は当社であるという伝承があります 鎮座地名は゛和食(わじき)゛古くは゛鷲敷社(わじきのやしろ)゛と呼ばれたと伝わります





