島根県
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内神社(松江市大垣町)
内神社(うちじんじゃ)は 『出雲國風土記』の「宇智社」・『延喜式神名帳』の「内神社」に比定され 出雲国二大社(出雲大社・佐太神社)の支配を受けない「一社一例社」の特例を中世から継続して来た格別の神社で 江戸時代は松江藩四所祈願所(杵築、日御碕、佐陀、当社)のひとつでした 創建は霊亀元年(715)高野山の頂に光輪を見て神垣を結んだとされ 養老元年(717)今の宮地に移し宮殿を再興したと伝わる
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五十田神社(松江市古志町)
五十田神社(いそだじんじゃ)は 『出雲國風土記』所載の秋鹿郡 大井社です もとの鎮座地は現在地の東方にあった佐太水海の沖の大井の輪と言われる浜にあったが 洪水により社殿が西の丘麓の大井垣の輪に漂着し大井神社と称した 更に現在地の磯田に遷座し磯田神社となり 『日本書記』にある武甕槌命・経津主命が「出雲の国護りの舞台」五十田狭の小汀に天降ったのは ここなりとしての両神を祀り 五十田神社と改称した
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惠曇神社(鹿島町佐陀本郷畑垣)&畑垣神社〈惠曇神社に合祀〉
惠曇神社(えともじんじゃ)は 磐坂日子命(いわさかひこのみこと)を御祭神としています 神名の「磐坂」は「磐境(いわさか)」と同義とされ 「座王さん」と呼ばれる当社境内に鎮座する磐座を神名として象徴化したものと考えられています 『出雲國風土記 733AD』所載の「恵杼毛社 (えとも)のやしろ」「毛之社 (もし)のやしろ」の論社とされています
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惠曇神社(鹿島町恵曇)
恵曇神社(えともじんじゃ)は 磐坂日子命〈須佐能乎命(すさのをのみこと)の御子〉を祀り 『出雲國風土記 733 AD』所載の神祇官社「惠杼毛社(えとも)のやしろ」の論社です また境外社の恵曇海辺神社は『出雲國風土記』所載の不在神祇官社 二ヶ所の論社となっています
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垂水社〈国司神社に合祀〉&國司神社(松江市西長江町)
國司神社(くにしじんじゃ)は 慶長年間(1596~1615)に旧社地 本国司より 現今の社地へ奉遷しました 垂水社〈国司神社に合祀〉については 明治41~42年(1908~1909)に往時 垂水社(式内社)を合祀してある西長江の新宮 東長江の姫二所 日御碕 天森の四社がこれに合祀された
