埼玉県

善女龍王神社・雷電神社(皆野町皆野)

善女龍王神社・雷電神社(ぜんにょりゅうおうじんじゃ・らいでんじんじゃ)は 平安時代 この地方に長く日照りが続いた時 真言僧の歓喜坊(かんぎぼう)が 古来湧水の絶えない池〈竜神池〉の辺に神籬を立て竜神を招魂祈念したところ 慈雨があり 社〈善女竜王社〉を建て厚く信仰したのが始まりです

吉田椋神社奥宮(秩父市下吉田)

吉田椋神社 奥宮(よしだ むくじんじゃ おくみや)は 龍勢を打ち上げる龍勢櫓のある芦田山の中腹に鎮座します 御祭神は本社と同じですが 祭典は御犬様を祀る祭りとされて ゛延喜式内 椋神社 服従神犬 秩父吉田郷五峯山鎮゛と伝わります

井椋塚(秩父市下吉田)〈吉田 椋神社の旧鎮座地〉

井椋塚(いくらづか)〈吉田 椋神社の旧鎮座地〉は 永禄十二年(1569)の兵火〈武田勢の侵入による秩父谷の社寺焼打ち〉で吉田 椋神社の社殿が消失する迄の旧社地とされます 天正三年(1575)に鉢形城主 北条氏邦が五宇あった神殿を一宇に改めて現在地に再建したと伝わります

吉田 椋神社(秩父市下吉田)

吉田 椋神社(よしだ むくじんじゃ)は 日本武尊が道に迷われ時 鉾の先から一条の光が走り大きな椋の木の根元近くに猿田彦大神が顕われ導かれた この鉾を神体として大神を祀ったのが創始とされ 延喜式内社 武蔵國 秩父郡 椋神社(むくの かみのやしろ)の有力論社とされます

野巻 椋神社(皆野町野巻)

野巻 椋神社(のまき むくじんじゃ)は 延喜式内社 武蔵國 秩父郡 椋神社(むくの かみのやしろ)の5つある論社の一つです 明治初期 秩父郷に5つある椋神社の間に式内社論争が起こり 五社を合わせて式内社とする知事の裁定がありました「野巻」という地名は「野牧」とも書かれ 昔 当地に牧〈大和朝廷の牧場〉があったとされます

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