国史記載社

羽束師坐高御産日神社(京都市伏見区羽束師志水町)(『三代實録』羽束志神)

羽束師坐高御産日神社(はづかしにます たかみむすひじんじゃ)は 社伝によれば 創建〈雄略天皇21年丁己(477)〉と伝わり 京都でも古社となります 高皇産霊神(たかみむすひのかみ)を祀る 延喜式内社 山城國 乙訓郡 羽束師坐高御産日神社(大月次新嘗)(はつかしにますたかみむすひの かみのやしろ)です

兵主神社(壱岐市芦辺町深江本村触)〈『延喜式』兵主神社〔名神大〕〉

兵主神社(ひょうすじんじゃ)は 元々は日吉山王権現と称し奉っていた 延宝四年(1676)〈平戸藩の国学者橘三喜の式内社調査〉により 当社を聖母神社と査定・聖母神社〈現 聖母宮〉を日吉山王権現と査定・その後 この処置が誤りであると藩も認め 聖母宮は元に戻り 当社は 式内社 壱岐郡 兵主神社 名神大と比定されています

天手長男神社(壱岐市郷ノ浦町田中触)〈壱岐嶋一之宮〉

天手長男神社(あまのたながおじんじゃ)は 鎌倉時代の元寇により荒廃 その後廃絶し 所在も不明となっていました 延宝4年(1676)平戸藩主の命により藩の国学者 橘三喜が 現地の地名「たなかを」から(たながお)推定し比定したものです それ以前は 天手長男神社の由緒は無いとされていた 櫻江村 若宮と云われた式外社でした

高千穂神社(高千穂町三田井字神殿)

高千穂神社(たかちほじんじゃ)は 垂仁天皇の御世 創建と伝わり 高智保皇神(たかちほのすめかみ)として 六国史『続日本後記』『三代実録』に記述がある国史見在社ともされます 天慶年問(938~947年)豊後国の豪族 大神惟基の子・政次が 高知尾(高千穂)氏を興し 十社大明神を高千穂18郷(高千穂八十八社)の総社として崇め 広く郷民の信仰を集めたといいます

天穂日命神社(鳥取市福井)〈『延喜式』天穗日命神社〉

天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は 古代 稲葉国造(いなばのくにのみやつこ)の氏神として天穂日命が祀られたものであったと伝わります 『延喜式神名帳(927年編纂)』所載の因幡國 高草郡 天穗日命神社(あまのほひのみことの かみのやしろ)の論社です

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