兵庫県
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美坂社(三木市別所町東這田)〈延喜式内社の論社〉
美坂社(みさかしゃ)は 神号゛美坂゛は 神功皇后から賜ると云う 鎮座地の這田は 元々は 神社に新米を供える田があり「祝田郷」と云ったが「祝田(ほうだ)」に改められ 田圃の世話は這うことから 現在の「這田(ほうだ)」に改められたと云う 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の論社です
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御坂神社(三木市志染町御坂)〈播磨国風土記 三坂社の神・延喜式内社 御坂神社〉
御坂社(みさかしゃ)は 『播磨国風土記』「この土地の水流(みなが)は 甚だ美しい」と 履中天皇が許曽社で勅した故に美囊(みなぎ)となり 阿波国の和那散で食した信深貝(しじみがい)を見た故に 志深(しじみ)里となり 三坂社の神が坐すと記される 延喜式内社 播磨國 美嚢郡 御坂神社(みさかの かみのやしろ)の有力な論社です
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加都良神社(多可郡多可町中区天田)〈延喜式内社の参考論社〉
加都良神社(かつらじんじゃ)は 創建年代は明らかではなく 隣接する高寺山量光寺は 推古天皇(593〜628)の御願所として創建されたと伝えます 又 一説に天保4年(1833)間子の加都良神社の祭礼の席次順のことより 不和を生じて 氏子が分離し 霊代を隣接する高寺山量光寺 本堂に鎮座し 仮殿上棟と遷座が行われたとも伝わります
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加都良神社(多可郡多可町中区岸上)〈御遷幸の祭事を執行した御旅所〉
加都良神社(かつらじんじゃ)は 加都良神社(多可町中区間子)が創建の時 大和国の袖振山から「勝手神社」(奈良県吉野町吉野山)の神を勧請したと伝わり ゛その時 御駐泊ありし所なり゛とし 往古 祭日には 加都良神社(多可町中区間子)から この所まで神幸があり 御旅所として年々御遷幸の祭事を執行していた所と伝わります
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加都良神社(多可郡多可町中区間子)〈延喜式内社 論社〉
加都良神社(かつらじんじゃ)は 創建は聖武天皇 天平元年(729)大和国の袖振山から「勝手神社」(奈良県吉野町吉野山)の神を勧請したと伝わり 江戸時代には「勝手大明神」と呼ばれました 延喜式内社 播磨國 多可郡 加都良乃命神社(かつらのみことの かみのやしろ)は 所在不明でしたが 明治以降 式内論社となっています





