群馬県
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榛名社 跡地(箕郷町西明屋)〈旧登山道東口の里宮 or 旧鎭座地 跡地〉
榛名社 跡地(はるなしゃ あとち)は 箕輪城の南東部に出城〈砦〉があった場所 ゛椿山(つばきやま)゛に榛名社or椿名社が祀られていました 箕輪城の南東に突き出た尾根上の前方後円墳(椿山古墳)を利用した椿山の砦の跡地です ここは 古は榛名山への旧登山道東口にあたり 榛名神社の里宮とも式内社 椿名神社(つばきなのかみのやしろ)の旧鎭座地 跡地とも伝わっています
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諏訪神社(高崎市箕郷町東明屋)
諏訪神社(すわじんじゃ)は 創建年代は不詳ですが 永禄9年(1566)武田信玄が箕輪城を落城させ その後 戦難を免れるために 武田氏の守護神 諏訪神社が勧請されたと伝わります 太平洋戦争後には〈貞観16年(874)創建〉石上神社(村内北に鎮座)と 式内社 椿名神社の里宮とも元宮とも云われる榛名社〈満行宮〉(椿山鎮座)を合祀しています
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椿名神社(高崎市倉渕町権田)
椿名神社(つばきなじんじゃ)は 口碑には 第2代 綏靖天皇 御宇(BC581~549)宇摩志摩遅命の御子 元湯彦命が 東国平定の時 行前(ゆくまえ)に社を建て 所持していた石剣・石玉を神体として祀ったことが創建 天正の頃(1573~1592)兵火により焼失 文禄年間 (1593〜96)当地に遷座しました 延喜式内社 椿名神社〈つばきなの かみのやしろ〉であると伝わります
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榛名神社(高崎市榛名山町)
榛名神社(はるなじんじゃ)は 第2代 綏靖天皇〈即位 BC584~582年頃〉の御代 饒速日命の御子 可美真手命 父子が山中に神籬を立て天神地祇を祀ったのが始まりと云う 第31代 用明天皇 元年(586)に祭祀の場が創建と伝わります 式内社 椿名神社(はるなの かみのやしろ)〈つばきなのかみのやしろ〉であるとされ 社号の゛榛名゛と゛椿名゛の文字の違いについても諸説があります
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甲波宿禰神社(渋川市行幸田)
甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)は 神社所有の古書写に元和8年(1622)「川島村 甲波宿禰神社を湯上村に神定仕候 村中氏神や」の文章があり この時の分社ともされ 一方で 山吹日記〈天明6年(1786)〉には゛湯の上(行幸田)の左の方いと蔭高く古にし森あるは甲波宿禰の社と開ゆ云々式外のふるき社にやおはすらん゛とあり 平安時代からの式外社とも記されています
