延喜式神名帳
-

鹿鹽上社 吉比女宮跡〈御旅所〉(湖南市石部東)〈『延喜式』石部鹿鹽上神社〉
鹿鹽上社 吉比女宮跡(かしほのかみしゃ きちひめのみやあと)は 式内社 石部鹿鹽上神社の論社「吉姫神社」の旧鎮座地で 現在は御旅所となっています 元々は柏木と称す所から当地へ遷座 明応年度(1492~1501)兵火により焼失し 社記には「寛保3年(1743)12月14日の夜 今の地に遷り給へる」と伝えています
-

吉姫神社(湖南市石部東)〈『延喜式』石部鹿鹽上神社〉
吉姫神社(よしひめじんじゃ)は 創祀年代は不詳です 御旅所のある上田の地に斎き祀られていたが 明應年度(1492~1501)兵火によりこれを焼失し 社記には「寛保3年(1743)12月14日の夜 今の地に遷り給へる」とあります 延喜式内社 近江國 甲賀郡 石部鹿鹽上神社(いそへのかしほのかみの かみのやしろ)の論社です
-

石部神社(鯖江市磯部町)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 周囲には磯部(いそべ)古墳群もあり もとは鳥立山の山頂部に旧鎮座地があって 貴船明神と称されていたと伝わります 明治九年(1876)「参拝の便が悪く」との事で 現在地〈集落の奥 山の中腹〉に遷座した 延喜式内社 越前國 今立郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)とされます
-

『延喜式神名帳』所載「いそへのかみのやしろ」の社号を持つ式内社とその論社について
『延喜式神名帳』に所載される各々の「いそへのかみのやしろ」は 古代の氏族・「石邊公」「石部氏」に関係する神社 又は 海人族の「磯部氏」に関係する神社とも云われ 数多く分布しています 又『延喜式神名帳』所載の「いそへのかみのやしろ」の社号(いそへ)の読みに充てる字は 「石部」「石邊」「部」「磯部」などがあり 様々です
-

石部神社(近江八幡市安土町下豊浦)〈『延喜式』石部神社〉
石部神社(いそべじんじゃ)は 創祀年代不詳ですが 社伝には 景行天皇21年 吾地山に社殿を造営し 勅使の参向を得 盛大なる鎮座祭を斉行 同22年更に勅使参向の栄に浴し 安土山湖水に臨み其の南麓を磯辺の岡と号し社を石部神社と称すと伝える 延喜式内社 近江國 蒲生郡 石部神社(いそへの かみのやしろ)の論社です





