延喜式神名帳

越知神社 里宮(丹生郡越前町大谷寺)〈『延喜式』大山御板神社〉

越知神社 里宮(おちじんじゃ)は 第44代 元正天皇 養老二年(718)泰澄は仏像を作り 越知山頂(612m)に社堂を建て「越知山三所大権現」と称して祀ったのが始まり 当地はその遥拝所にあたります 一説には延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社とされます

神明神社〈上総社〉(越前市若竹町)〈『延喜式』大山御板神社を合祀〉

神明神社(しんめいじんじゃ)は 第26代 継体天皇が即位のため都に向かう時 日野山に向かい越前国中の神々を拝された宮跡と伝わり 伏拝(ふしおがみ)と云い日野山を遥拝する聖地でした 明治41年 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社 三ツ口の神明神社を合祀して神明神社と改称しました

神明神社(越前市三ツ口町)〈『延喜式』大山御板神社〉

神明神社(しんめいじんじゃ)は 『越前鹿子』等の地誌は『足羽社記」の「三太。今云三口歟。又延喜式所載 大山御板神社是ノ處乎。」との記載により當社を延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)に比定しています 明治41年(1908)楠町の伏拜神社に合併され 伏拜神社は神明神社と改称しています

大洗磯崎神社(丹生郡越前町乙坂)〈『延喜式』大山御板神社〉

大洗磯崎神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は 古代から乙坂山〔奈良の三輪山に似た秀れい形の山〕を神体山としています 『越前名勝志』〈元文三年(1738)〉に「三大(みた) 今三ッ口〔式〕云、大山御板の神社、今 乙坂村」とあり 延喜式内社 越前國 丹生郡 大山御板神社(おほやまみたの かみのやしろ)の論社となっています

有鹿神社 奥宮(相模原市南区磯部)〈『延喜式』有鹿神社 発祥の地〉

有鹿神社 奥宮(あるかじんじゃ おくのみや)は 縄文時代の大集落跡である相模原市磯部勝坂の有鹿谷(あるかやと)に鎮座する 延喜式内社 相模國 高座郡 有鹿神社(ありかの かみのやしろ)の発祥の地です 社号の「有鹿(あるか)」とは 古代語の「水」を意味し 有鹿谷の泉は 縄文の水神信仰の対象であると云われます

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