延喜式神名帳

東霧島神社(都城市高崎町)

東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)は 第5代孝昭(こうしょう)天皇の御世に創建されたと伝わり その後 霧島山の噴火などにより神殿などは焼失・埋没し荒廃したが 延喜式内社 日向國 諸縣郡 霧嶋神社(貞)(きりしまの かみのやしろ)の論社です 963年 天台宗の僧 性空上人が再興した ゛東霧島大権現宮゛と称される霧島六所権現の一つです 

霧島東神社(高原町祓川)〈『續日本後紀』霧嶋岑神・『延喜式』霧嶋神社〉

霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)は ゛天之逆鉾゛を社宝とし〈高千穂峰の山頂の天孫降臨伝説の地〉第10代崇神天皇の御代 霧島山を信仰する社として創建と伝わる 延喜式内社 日向國 諸縣郡 霧嶋神社(きりしまの かみのやしろ)の論社で 天暦年間(947~957)性空上人が別当寺 錫杖院を建立し 霧島六社権現の一つとなった

霧島神宮(霧島市霧島田口)

霧島神宮(きりしまじんぐう)は 旧記に 欽明天皇の御宇(540)はじめ高千穂峰と御鉢「噴火口」との中間 脊門丘(セタヲ)に奉斎され 後 御山の噴火の為 悉く炎上し 天暦年間(950)性空上人が高千穂河原に再興奉遷した 後 文暦元年(1234)の大噴火で 社殿 僧坊寺が災禍に遭い 今から500年程前に現在地に鎮座しました 式内社 日向國 諸縣郡 霧嶋神社(貞)(きりしまの かみのやしろ)の論社です

霧島岑神社(小林市細野)

霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)は 社伝に 往古 高千穂峰(矛峰)と火常峰(御鉢)の間 脊門尾(セタオ)に鎮座と伝わり 延喜式内社 日向國 諸縣郡 霧嶋神社(貞)(きりしまの かみのやしろ)の論社です その後 韓国岳 大幡山 御鉢 新燃岳の噴火で相次いで神殿を焼失しては造営を繰り返し 明治6年(1872)夷守神社を霧島岑神社に合祀した上で 現在地〈夷守神社の社地〉に霧島岑神社が遷座されました

滓上神社(小松市中海町)〈『延喜式』滓上神社〉

滓上神社(かすかみじんじゃ)は 社伝に「垂仁天皇の皇子五十日帶彦命が越国に下向 越前を経て当地に幾星霜駐留あらせられ」と云う延喜式内社 加賀国 能美郡 滓上神社(かすかみの かみのやしろ)です 発祥の地 奥宮は東南2km程 その後北方200m平地から明治17年(1884)大洪水被災し明治22年(1888)現 高台に遷座

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