延喜式神名帳

宗形神社(岡山市北区大窪)〈『延喜式』宗形神社〉

宗形神社(むなかたじんじゃ)は 創建年代不祥ですが本殿の背後には古墳もあります 古代の山陽道での交通の要所 海が迫っていたこの地に 航海の守護神として 福岡県 宗像大社の神 道主貴(みちぬしのみち)を勧請したのであろうと云う 延喜式内社 備前國津高郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ)の論社です

村山神社(亀岡市篠町森山先)〈『延喜式』村山神社〉

村山神社(むらやまじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國桑田郡 村山神社(むらやまの かみのやしろ)と伝わります 社伝によれば「往古 社頭廣かりしも 兵燹にかかりて 焼失し 應永二十七年(1420)領主 渡邊六郎頼方 社殿を再興したることありと云ふ」と伝わり その頃八幡宮を勧請して 兩本殿が並立して祀られたとのこと

宗形神社(赤磐市是里)〈『延喜式』宗形神社〉

宗形神社(むなかたじんじゃ)は 延喜式内社 備前國赤坂郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ) 社伝に10代崇神天皇の御宇勧請 『古事記』に仁徳天皇が吉備国を訪れ 寵愛した黒日賣が青菜を摘んだので「やまかたに まけるあをなもきひひとゝ ともにしつめはたぬしくもあるか」と御製あり 里人は「山方の大宮」と称したと云う

片山神社(赤磐市由津里)〈『延喜式』鴨神社三座〉

片山神社(かたやまじんじゃ)は 孝霊天皇の御宇七十二年 吉備若日子建王子が播磨を征せられ 籠もって祈り給うて再営 天平二年(730)本社建替て迦毛大御神社として祀られ 延喜式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)となる 永承四年(1049)山上より遷座 片山大明神と改名 明治二年 片山神社となる

鴨布勢神社(赤磐市多賀)〈『延喜式』鴨神社三座・宗形神社〉

鴨布勢神社(かもふせじんじゃ)は 中古 紫明現と云い『吉備群書集成』に「創造時代不詳。社司之說に、古來より延喜式 宗形神社と云傳ふ。不審。」とあり 式内社 備前國赤坂郡 宗形神社(むなかたの かみのやしろ)と社司は伝える 又 式内社 備前國赤坂郡 鴨神社三座(かもの かみのやしろ みくら)ではないかともされます

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