延喜式神名帳

造田神社(さぬき市造田是弘)〈『延喜式』布勢神社〉

造田神社(ぞうたじんじゃ)は 口伝に「往昔 少童命を奉斎して造田明神と奉稱し 新年祈雨の祭事を行う 仁和二年(886)京師より石清水八幡宮の御分霊を勧請 相殿に奉祀 天暦元年(947)極樂寺の僧 観清導師となり 現今の地に遷座」と云う 延喜式内社 讃岐国 寒川郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)の論社となっています

布勢神社(さぬき市寒川町石田西)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢神社(ふせじんじゃ)は 天平年間(729~749年)行基が菩薩藥師堂〔極樂寺〕を石田に建て 當社を鎭守神とした旨が記されるので天平以前の創祀と云う 祭神は大彦命〔第八代 孝元天皇の皇子〕を祀る 一説には 伏雷(ふせいかずち)則ち雷神なりとも云う 延喜式内社 讃岐国 寒川郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)です

布勢巨神社(赤磐市中勢実)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢巨神社(ふせこじんじゃ)は 龍天山の山頂の眺望絶佳の地に鎮座します 古昔 式内社布勢神社は此の山に御鎮座せられていたが 後世仁堀西に遷され 現在は布勢巨神社のみとなっています 延喜式内社 備前国 赤坂郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)の論社です

布勢神社(氷見市布施)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢神社(ふせじんじゃ)は 布勢の円山と云う小山に鎮座します 今から約1300年前は 周囲の田園一帯は「布勢水海(ふせのみずうみ)」と呼ばれる大きな水海で湖に浮かぶ小山でした その頂きに「水影明神の祠」が祀られ手織りこの祠は 延喜式内社 越中國射水郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)とされます

布勢神社(赤磐市仁堀西)〈『延喜式』布勢神社〉

布勢神社(ふせじんじゃ)は 古伝に 往古 中勢實村龍天山に鎭座 垂仁天皇の御字 瀬戸内海で渡船の転覆の難が続き 占うと「吉備の国布勢大明神の神威なり 社殿を七谷七畝の山麓に遷し 北面に勧請ありたし」と奏上があり 現在の山麓の地に勧請し 社殿を北向きに造営 延喜式内社 備前国 赤坂郡 布勢神社(ふせの かみのやしろ)です

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