延喜式神名帳
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村山神社(亀岡市篠町森山先)〈『延喜式』村山神社〉
村山神社(むらやまじんじゃ)は 延喜式内社 丹波國桑田郡 村山神社(むらやまの かみのやしろ)と伝わります 社伝によれば「往古 社頭廣かりしも 兵燹にかかりて 焼失し 應永二十七年(1420)領主 渡邊六郎頼方 社殿を再興したることありと云ふ」と伝わり その頃八幡宮を勧請して 兩本殿が並立して祀られたとのこと
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村山神社(土居町津根)〈『六国史』村山ノ神『延喜式』村山神社〔名神大〕〉
村山神社(むらやまじんじゃ)は 『温故録』に「天照大神に斉明天皇 御駐輦の時の創祀なるへし、齊明 天智 二天皇は、天武天皇 白鳳八年八月の奉祭にして 木像は齊明天皇 近侍の生像を摸造し、本社に納めらるものなりと云ふ」と見える 『六国史』村山ノ神・『延喜式』伊豫國宇摩郡 村山神社〔名神大〕(むらやまの かみのやしろ)です
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飯野山神社(石巻市飯野字外吉野戸場柄)〈『延喜式』飯野山神社〉
飯野山神社(いいのやまじんじゃ)は 『封内風土記』には「〈里人〉の口伝として「飯野村の雷電社〈現 飯野山神社(石巻市飯野字外吉野戸場柄)の境内社〉について 荒廃していた延喜式内社 陸奥國桃生郡 飯野山神社(いひのやまの かみのやしろ)の社地址に 天和年中(1681~84年)に里人が社を建てたもの」と記しています
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『三宅記』と『延喜式』に記される「神々」の関係性について
伊豆國(現在の静岡県伊豆半島・東京都伊豆諸島)に伝わる神々の起源や島々の誕生「島焼き(造島)」を記した社寺縁起(神話・伝説)の書『三宅記』 そこに登場する三嶋大明神の后や御子の神々は架空の存在ではなく 国書『延喜式』に記される式内社として国家に登録され実在します 「伊豆諸島の神々の位置づけ」を知るトライアルとなります
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阿豆佐和気命本宮・阿豆佐和気命陵墓(利島村南御神山)〈『延喜式』阿豆佐和氣命神社〉
阿豆佐和氣命(あずさわけのみこと)本宮(ほんぐう)・陵墓(みささぎ)は 太古に陵墓を神社として祀る時代があり 命の陵墓が元々の阿豆佐和氣命神社旧跡であった 後 本宮の地に遷座し 更に 六百年程前この地が氏子の参拝に不便の為 現在の利島村一番地の阿豆佐和氣命神社(明神様)に遷座 この地は〔本宮〕となったと口碑に云う





