延喜式神名帳

石田神社(東大阪市岩田町)〈『延喜式』石田神社三座〉

石田神社(いわたじんじゃ)は 社伝によると「欽明天皇の御宇(五三七~五七一)水田に御代の岩船があり御祭神の三柱神がその上に現われ そこで神社を築いてお祀りをした」と伝わる 延喜式内社 河内國若江郡 石田神社三座(いはたの かみのやしろ みくら)の論社です

荒神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉

荒神社(あらがみしゃ/こうじんじゃ)は 古昔は女人禁制 境内樹木の枝葉を採ることも禁じたと伝わり 「荒神講社」を持ち飛騨一円に多くの熱心な信仰がいる「荒神さまの甘酒祭り」は世に知られ 五穀・養蚕・殖産興業に霊験あり 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)と云う

荏名神社(高山市江名子町)〈『三代實録』荏ノ神『延喜式』荏名神社〉

荏名神社(えなじんじゃ)は 「稻置森」と呼ばれた森に小祠があり 文化十四年(1817)国学者の田中大秀翁が考証し 式内社として再建したものです 『三代實録』貞觀九年(八六七)荏ノ神・『延喜式』飛騨國大野郡 荏名神社(えなの かみのやしろ)の論社です

蛟蝄神社 奥の宮(北相馬郡利根町立木)〈『延喜式』蛟蝄神社〉

蛟蝄神社 奥の宮(こうもうじんじゃ おくのみや)は 現在の門の宮〔延喜式内社 下總國 相馬郡 蛟蝄神社(み(あ)つちの かみのやしろ)〕の場所が 水害や民家が近いという理由で 詳しい年代はわかりませんが 社殿を東の高台に遷座したものです 門の宮は取り壊すことなく 門の宮にもご祭神を分祀し今に至っています

蛟蝄神社 門の宮(北相馬郡利根町立木)〈『延喜式』蛟蝄神社〉

蛟蝄神社 門の宮(こうもうじんじゃ かどのみや)は 第7代 孝霊天皇3年(前228年)に 水神 弥都波能賣命・第42代 文武天皇2年(698)に 土神 波邇夜須毘賣命を祀り創建と云う 又 日本武尊が東征の時 文馬を木に繋ぎ祈願をしたと伝えられる 延喜式内社 下總國 相馬郡 蛟蝄神社(み(あ)つちの かみのやしろ)です

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