延喜式神名帳

布制神社(長野市篠ノ井布施五明)〈『延喜式』布制神社〉

布制神社(ふせじんじゃ)は 社伝に「第八代 孝元天皇の皇子 大彦命の本貫を瀬原田の長者窪に移し 北陸を巡按し 東夷を鎭撫させたが 終に長者窪に於て薨ぜられ 布施氏の御祖 大彦命の神靈を鎭齋し奉った」とあり 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社とされます

布制神社(長野市篠ノ井石川)〈『延喜式』布制神社〉

布制神社(ふせじんじゃ)は 創立年代不祥ですが ロ碑に「奈良朝以前から鎮座していたと云ふ」「古昔 布勢朝臣某 下向ありて士賊を教化し 地を拓きて此處に館せしより布制郷と云ふ」とあり 布勢氏は第8代 孝元天皇の皇子 大彦命を祖とする氏族であり 延喜式内社 信濃國更級郡 布制神社(ふせの かみのやしろ)の論社となっています

宇波刀神社(安八郡安八町森部)(『延喜式』宇波刀神社)

宇波刀神社(うばとじんじゃ)は 宝物の神鏡 裏面に「伊久良河宮 宇波刀神社内宮」と書かれており 第十一代 垂仁天皇の頃 倭姫命が天照大神を奉載し 近江の国から美濃の国に四年間ご滞在になられた「伊久良河宮」とも伝わる由緒深いお社で 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社でもあります

宇波刀神社(安八郡神戸町神戸)(『延喜式』宇波刀神社)

宇波刀神社(うわとじんじゃ)は 口碑によれば「古来 當社を五條大明神と稱す」社記によれば「昔時 岡戸大明神とも稱し」 明治三年(1870)「旧名古屋藩より式内 宇波刀神社と改訂の旨達せられ」とあり 延喜式内社 美濃國安八郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の論社です

正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)〈『延喜式』表門神社〉

正一位浅間神社(しょういちいあさまじんじゃ)は 社記によれば「景行天皇56年6月 鹽海足尼 甲斐國造として入國幣帛を奉ず」と云う 往古は表門社 又 浅間神社 或は磐間宮(いわまのみや)とも称し 岩間庄内の總鎮守でした 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています

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