延喜式神名帳
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正一位浅間神社(市川三郷町宮原御領土)〈『延喜式』表門神社〉
正一位浅間神社(しょういちいあさまじんじゃ)は 社記によれば「景行天皇56年6月 鹽海足尼 甲斐國造として入國幣帛を奉ず」と云う 往古は表門社 又 浅間神社 或は磐間宮(いわまのみや)とも称し 岩間庄内の總鎮守でした 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています
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表門神社(甲府市白井町)〈『延喜式』表門神社〉
表門神社(うはとじんじゃ)は 『式内社調査報告』には 雄略天皇十三年の創立とあり 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社となっています 社殿の後方には 祭神に関わる高貴婦人を葬する古墳があり 本殿はこの丘の上に祀られています
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熊野神社〈五社神社〉(甲府市右左口町)〈『延喜式』表門神社〉
五社神社(ごしゃじんじゃ)は 熊野神社とも呼ばれ 神仏習合時代は「七覚御神幸さん(しちかくみゆきさん)」と云われました 大宝二年(702)役小角が ここに至り 富士山霊峯の御神体を無事に開山され 小角が我が屋敷神として発起したと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)の論社です
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表門神社(市川三郷町上野)〈『延喜式』表門神社〉
表門神社(うわとじんじゃ)は 第7代 孝霊天皇二年の鎭座 第72代白河天皇の永保元年(1081)官より社頭並に五十一の末社迄 御造営を受け 併せて市川の郷を神領に賜り勅願所と認められ それより市川明神とも称せられていたと云う 延喜式内社 甲斐國八代郡 表門神社(うは〔へ〕との かみのやしろ)と伝わります
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御崎神社(甲府市美咲)〈『延喜式』宇波刀神社〈参考論社〉〉
御崎神社(みさきじんじゃ)は 初め甲斐の国主 武田家の居館のあった石和郷に鎮座 永正十六年(一五一九年)武田信虎公 つつじが崎に居城を構えた時 三の郭内に神殿建立し遷され 徳川時代 文禄三年(一五九四年)甲府城を築いた際 現在地に遷座 延喜式内社 甲斐國巨麻郡 宇波刀神社(うはとの かみのやしろ)の参考論社です





