愛知県
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賣夫神社(稲沢市平和町嫁振)〈『延喜式』賣夫神社〉
賣夫神社(めふじんじゃ)は 『日本書紀』崇神天皇10年 四道将軍派遣の時 武淳川別命に従ってきた大咩布命〈第十代 崇神天皇の御母の弟 伊香色雄命の御子〉が この地に留まり その子孫が繁栄しやがて命の靈を氏神として祀ったと云う 延喜式内社 尾張國 中嶋郡 賣夫神社(ひめふの かみのやしろ)とされます
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白山神社(春日井市外之原字前田)〈『延喜式』訓原神社〉
白山神社(はくさんじんじゃ)は 社伝は失われ明らかではありませんが 里老の口伝には「延長元癸未年(923年)の創建」と伝えられます 『張州府志』には鎮座地の「外原と訓原と字様も相近く 鎭座も古く」と云った理由から 延喜式内社 尾張國 春日部郡 訓原神社(くにはらの かみのやしろ)の論社とされています
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訓原神社〈栗原天神社〉(北名古屋市井瀬木東五反地)
訓原神社(くにはらじんじゃ)は 創始年代不詳ですが 延喜式内社 尾張國 春日部郡 訓原神社(くにはらの かみのやしろ)とされます 祭神については 社説には少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀ると云い 一說には 火明命十七世の孫 尾治佐迷連の子 尾張栗原連とし この栗原連を祀るのではないかとする説もあります
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漆部神社〈八大神社〉(あま市甚目寺東門前)〈『延喜式』漆部神社〉
漆部神社(ぬりべじんじゃ)は 隣接する甚目寺観音の北側に漆塚があったので 延喜式内社 尾張國 海部郡 漆部神社(うるしへの かみのやしろ)の旧跡であるとの説がある式内論社です かつては甚目寺観音の鎮守社として 八大神社と称していましたが 明治時代には神仏分離 さらに昭和32年(1957)には 漆部神社と改称されました
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日吉社・甚目寺観音(あま市甚目寺東門前)〈八大神社古社地〉
日吉社(ひよししゃ)は 八大神社の古社地とされています 昭和15年(1940)に゛紀元2600年゛を記念して甚目寺境内が拡張されて 戦後に八大神社〈現 漆部神社〉が 現在地に移転した際の八大神社の旧鎮座地に 現 日吉社が鎮座しています 八大神社は昭和32年(1957)に式内漆部神社と改称しています





